第二百四十一章 錯綜する縁(えにし) 7.イスラファン商人たちの誤解
「……考え過ぎかもしれんが……カールシン卿は実は囮で、本命はやはりエルギン……という可能性は無いか?」
「何だと?」
意表を衝いた……と言うより、奇想天外にして荒唐無稽な発想に、一同はまず呆れたようだが、
「……いや……あの強かなモルファンなら、それくらいの策は講じかねん」
「むぅ……確かに」
「あそこは人材の層も厚いしな。それくらいの事もやれるだろう……新型船の命運が懸かっているとなればな」
――と、話がおかしな方向へ転がり出す。
「どのみちエルギンの仲間には監視を依頼してあるんだ。ここは一つ、更なる監視の強化を進言してはどうだ? ……対象を特使殿以外にも拡げるように」
「確かに……件の特使殿はバンクスにおいでの訳だからな。監視対象を修正するのはおかしくないが……」
「我々の狙いは飽くまでエルギン――そう、商業ギルドに見せつける訳だな?」
「バンクスは放って置いても同朋の目が行き届いている筈。我々は念のために、警戒から漏れそうなエルギンに注意を向けるだけ……成る程、失態を糊塗する名分にはなるな」
「失態などではないぞ? 我々は飽くまで用心を助言しただけだ。千慮の一失で大魚を逃すなど、それこそ商人として大失態だろう」
――とまぁ、半ば体裁を取り繕う目的もあってエルギンでの監視強化を進言したのであったが……これがとんだ外道――狙いとは違うのに釣り上げてしまった魚の事――を釣り上げる結果となった。
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「モルファンの密偵らしき者を発見しただと?」
「これはまた……」
言いだした当人たちが魂消た事に、エルギンの町で眼を光らせていたイスラファンの商人が、それらしき者を発見したというのである。これに驚かずに何に驚けというのだ。……まぁ、イスラファンの商業ギルドの方は、忠告してくれた商人たちの慧眼に驚き、一気に評価を改めたそうだが。
「微かに北国訛りのある冒険者だそうだ。本人は出身をはぐらかしているようだがな」
〝嘘から出た実〟と言うのか〝瓢箪から駒〟と言うべきか、この時目を付けられたのは、正真正銘モルファンの密偵であった。紛う事無き大金星である。
「それにしても……能く気付いたものだな? その商人は」
噂に聞く大国モルファンの情報組織、その実態については何も判ってないが、唯一判っているのがその優秀性である。そんなモルファンの密偵をそれと見破るとは、その商人はどれだけの眼力の持ち主なのか。
「いや、最初に気付いたのは冬装備の違和感らしい。イラストリアで冬を越すにしては、やたらと重装備だったそうだ」
「あぁ……成る程……」
「冬装備が重厚……つまりイラストリアより寒い国の出という事か」
「イラストリアの気候に合わせて買い直していないという事は、あの国にやって来て間も無い――という事になるな」
〝上手の手から水が漏れる〟というのか、モルファンの人間にとってはあまりにも常識的な事過ぎて、つい意識から漏れていたらしい。
……まぁ、イラストリアの冒険者でも、冬山に入るのなら同じくらいの装備を用意はするのだが、ここにいる商人たちにはそこまで考えが及ばなかったし……第一、そんな装備で町中を彷徨くというのも、不自然と言えば不自然である。
「エルギンは王女殿下の訪問が予定されているそうだから、その下調べという可能性もあるが……」
「それなら何も身分を隠す必要は無い。……肚に一物あっての事と考えるべきだろうな」
「そうなると……その密使――もはや密偵ではない――はどこでノンヒュームと接触を持つ?」
「冒険者の格好をしているからには、ノンヒュームの冒険者と接触する形をとる……そう考えた方が妥当だろう」




