第二百四十章 バンクス~再会する者たち~ 4.ギブソンとボック(その1)
カールシン卿たちが料理に舌鼓を打っている頃、別の場所で別のものに舌鼓を打っている者たちがいた。ドワーフのギブソンとボックである。
「ふむ……近頃は他のブルワリーでもビールを造るようになったが、やはりドランのビールに較べると、ちと物足りんのぅ」
「まぁそう言うてやるな。やつらも頑張ってはくれとるんじゃ」
「うむ、お蔭で新年祭より前にも、どうにかビールが呑めるちゅうもんじゃからな」
二人がゴッゴッという勢いで飲み干しているビールは、ドランの村で造られたものではない。需要の大きさに耐えかねたドランの村が――クロウと連絡会議の了承の下に――製法を公開し、他のブルワリーで造られるようになったものである。まぁ、そのブルワリーというのも、やはりノンヒュームのところであるには違い無いのだが。
とは言え、小麦はともかくホップの確保が――依然秘密にしている事もあり――難しい事などから、ブルワリーの数はそこまで増えてはいない。だがそれでも、(ドワーフ基準で)大事に大事に少しずつ呑むのであれば、どうにか新年祭まで保たせられるくらいには、流通量も増えてきていた。
ただそれでも、やはりドランの村に一日の長があるのは否みがたく、上記のような会話となっているのであった。
「今度の新年祭ではどんな新顔が御目見得するんじゃろうかのぉ」
どこか夢見るような表情で呟いたのはボックであったが、それを窘めるかのように相方のギブソンから突っ込みが入る。
「そうそう毎年のように新製品は出て来んじゃろう。何しろほれ、今は……」
「あぁ……ドランの連中は、新機軸の酒というのにかかりっきり――だそうじゃな?」
「うむ。来年のモルファンのパーティに間に合わせるとかいう噂じゃが……」
「一体、どんな酒なんじゃろうかの? お主の方では何か耳にしておらんのか?」
「うむ。連中め、中々口が堅ぅてのぉ……」
そんな愚痴を零す二人であったが、ドランの村で試作されているのは熟成酒と蒸溜酒である。より正確に言うならば、①様々な原料からの蒸溜酒の試作、②それらの蒸溜酒と一部のワインを対象にした湖底熟成試験、③廃糖蜜を蒸溜して造ったホワイトリカーによる果実酒の試作――である。
ドワーフたちには蒸溜と熟成の概念こそ公開してあるが、具体的な内容については今なお明らかにしていない。ドワーフたちも事態の重大さ――度数が強い上に美味い酒を造る技術が、重大案件でなくて何だというのだ――に鑑み、余計な詮索は控えている。
だが、自重すべしという事は理性で解っていても、知りたい呑みたいという本能的な衝動は、それとは別の話である。ゆえにドワーフたちも、それとなく情報を探り出そうと試みるのだが、ドランの守りの壁は厚く、その都度敗退の憂き目を見ていた。
……ドランの村が、斯くも鉄壁の情報統制を布いているのには理由がある。
強いが甘い果実酒――この場合はホワイトリカーに果実と砂糖を漬け込んだもの――という前代未聞の酒がドワーフたちに受け容れられるかどうか、ドランの杜氏たちにも読み切れなかったせいである。
何しろ、酒の熟成には時間がかかる。クロウが入れ知恵した「湖底熟成」という方法は、そのための所要時間を短縮するための技法ではあるが、それでもそれなりの時間がかかるのは避けられない。新年祭は言うに及ばず、五月祭に間に合うかどうかは微妙なところである。
となると、確実にモルファンの連中に出せるのは果実酒という事になる。甘くて薫り高く色鮮やかな果実酒は、モルファンの貴族たちには多分受けるだろうが……問題はドワーフたちである。彼らが――モルファン以上に――希求するのは〝強い酒〟。甘さや香り、色合いなどは二の次だろう。ゆえに、これらの果実酒をドワーフたちに出した場合、がっかりさせてしまうかもしれない。長のお預けを強いられた挙げ句がそれでは、少し気の毒ではないか。
針葉樹の葉や実を漬け込んだジンのようなものや、ニガヨモギっぽいハーブを漬けたアブサント酒のようなもの、或いは生姜酒っぽいものなども一応は試作しているが、ドワーフたちに受けるかどうかはやはり未知数である。過大な期待は煽らない方が吉――という、多分に政治的な判断から、厳重な情報規制が布かれていたのであった。
「……まぁ、酒の方は期待して待つとしてじゃ――ギブソン、お主に頼まれた件なんじゃがな」
「おぉ……どうじゃった?」
彼らにとって何よりも重要な筈の酒、その話題をすっぱりと放り投げた――ドワーフにとっては許しがたい蛮行である――ボック。しかしギブソンはそれを咎める事も無く、ぐぃと前のめりになって話の続きを促す。……という事は、こちらの話題も酒に負けず劣らず重要なものとみえる。
――その話題とは一体何なのか。




