第二百四十章 バンクス~再会する者たち~ 1.カールシン卿~迎賓館に行く前に~(その1)
思いがけぬ成り行きからイラストリア王国王立講学院の二人と旅を続けてきたカールシン卿であったが、出発から七日後に無事バンクスの町へ辿り着く事ができた。本来なら一休みしたいところだが、生憎と新年祭を前にしたバンクスの町に空いている宿など無い。ゆえにカールシン卿とその従者が寛ぎ得る場所は、本日宿泊予定の「迎賓館」だけであるが、そこへ赴くというのはつまり、迎賓館の下見を行なうという事であり……
「……もう一仕事済ませなきゃ、休む事もできないって事ですね……」
「ぼやくな。疲れてるのはお互い様だ。それよりさっさとボリス君たちと合流するぞ」
「へいへい……あれじゃないですか?」
長年の付き合いで遠慮の無いところを見せる従者ニコフに一言突っ込みを入れて、今しも出立しようとしていたカールシン卿であったが、そこへ件の従者が一声返す。指し示す方に目を遣れば、こちらに向かって手を振りながら歩いて来るのは、
「……確かにボリス君たちだ。早めに来て待っていてくれたようだな」
王都の第一大隊長・ローバー将軍の命によって、バンクスにおけるカールシン卿のお目付役を仰せつかった、ボリス・カーロックとそのお供のジャンス分隊長であった。
「お久しぶり……と言うほどには間が空いていませんが、やっぱりお久しぶりです」
「久しぶり、ボリス君。今回は余計な手間をかけさせてしまったようで申し訳無い。ジャンス君もすまないね」
「いえ、迷惑だなんてとんでもありません」
「お蔭でこちとらバンクスで羽を伸ばせるってもんでね。あぁ、ご挨拶が遅れちまいました。お久しぶりです」
人を喰ったジャンス分隊長の挨拶にはカールシン卿も苦笑を隠せなかったが、
「とりあえず、先に腹拵えを済ませちまいませんか?」
――という提案には、一も二も無く賛成した。ただ、
「お目当ての場所ってなぁ、バンクスの町とはちと離れてるみてぇなんでね。先にそっちに行っちまうと、下手すると食いっ逸れる事になっちまいそうなんで」
――という説明には、役目柄引っかかりを覚えずにはいられなかった。
「ちょっと待ってくれたまえ。そうすると……迎賓館はバンクスの町の中には無いという事なのかね?」
稍意外そうなカールシン卿の問いかけに対しては、事情を弁えているらしいジャンス分隊長が答を返す。
「自分らもこの町にゃちょくちょく来てんですがね、いっかなそんな建物を見た事が無ぇもんで、町の連中に訊ねてみたんでさぁ。そしたらゲヒン館……」
「迎賓館――だよ、分隊長」
「そうでしたかね? ま、そのげーひん館ってなぁ、町からちょいと外れたところにあるってんで。ゴミゴミした町の喧噪を離れて、静かに過ごせる場所らしいですぜ」
意味ありげなその口ぶりから、世故に長けたカールシン卿は裏事情を察する事ができた。恐らくは、世間知らずのお偉方が町の者と揉めて、面倒を起こす事が無いように隔離したのだろう。それは或る意味ではありがたい事ではあるが……
「そうすると……迎賓館から五月祭を見に行くのは、少し手間か?」
今は年末――「年度末」ではない――だというのに、カールシン卿が気にしているのは「新年祭」ではなく「五月祭」のようだ。その理由はボリスとジャンスにも見当が付いた。




