第二百三十八章 集束する縁(えにし) 6.from マナステラ(その3)
さて、マナステラ本国の思惑が読めず、暫し当惑に沈んでいたロイル卿であったが、
「……ここでこうしていても始まらん。オールド・ビルに相談してみるか」
思案の末に思い至ったのが……歴としたマナステラ貴族でありながら、クリーヴァー公爵家の一件で本国に愛想を尽かして以来、バンクスに長居を決め込んでいる知人、オールド・ビルことウィルマンド・パートリッジ卿に相談するという一手であった。パートリッジ卿は正確には父親の友人だが、ロイル卿も子供の頃からの知り合いである。
それに、彼の手許には――本人は不本意そうであったが――マナステラ本国との連絡用に魔導通信機が置かれていた筈。自分よりは事情を探る手立てがありそうだし、それでなくとも彼はこの国での生活が長い。自分よりは余程事情を弁えていそうではないか。
「……と言うか、事情を察していそうな知り合いは、近場ではオールド・ビルしかいないんだから、選択の余地など無いんだがな」
とりあえずは本国から来た――意味不明の――書状の事を報告し、併せてバンクスでの宿の手配を頼んでみよう。
〝次男の入学のための下地作り〟など、何をどうすればいいのか見当も付かないが、シャルドにいてはどうにもならないぐらいの想像は付く。まだしもバンクスで動いた方がマシだろう。
まぁ、ここシャルドとバンクスは指呼の間にある。ここからバンクスへ通うという手も無くはないが、向こうで宿が取れるのなら、そっちの方が楽に決まっている。
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――という打算から、ロイル卿はバンクス在住の知人・パートリッジ卿を頼る事にしたのであるが、連絡を受けたパートリッジ卿の方は困惑した。
バンクスに慎ましやかな屋敷を構えて生活しているとは言え、そこはパートリッジ卿も貴族に名を連ねる者であるから、知人を泊める部屋くらいは用意できる。子供の頃からの知り合いである現・ロイル卿の一家を泊めるくらいは構わない。
ただし問題は……
「……あの子が一緒に来ておるという事なんじゃよなぁ……」
五月祭に旧友ユージーン――先代のロイル卿――が遊びに来た際に、孫娘というリスベットを連れて来ていた。「迷姫」などという二つ名に似合わぬ温和しい子だと思っていたが……いや、温和しいのは確かであったが、行方を晦ます才能がそれを上回って余りあるほどに人騒がせであった。
その時は行き先が広場――五月祭の会場――であると確信できたためか、旧友は落ち着き払っていたが……偶々やって来たルーパート――ホルベック卿の三男――までもが捜索に加わってしまい、挙げ句にはイラストリア王国軍第一大隊に勤務するカーロック家の令息や、なぜかエルギンのノンヒューム連絡会議に縁のヘイグという獣人の冒険者までを巻き込んだ事に、甚く恐縮する羽目になっていた。帰国後に息子から大目玉を喰らったそうだが……まぁ、その事は今はいい。
問題なのは……その時の失態に鑑みて、マンフレッド――当代のロイル卿――が使用人を、より正確に言えばリスベットの監視と捕獲の要員を、帯同してきているという事であった。
「迷姫」リスベットの監視などがパートリッジ卿らの手に余る以上、リスベットの監視と捕獲は、ロイル家の専従班に任せるしか無い。という事はつまり、
「……使用人棟に部屋を取る訳にはいかん……マンフレッドたちの部屋の近くに、使用人の部屋を用意する事になるか……」
――部屋の模様替えは必至である。
「何もエイブがやって来るのと時を同じくせんでも……言うても詮無い事か……」
折も折、丁度王都の学院に勤務している旧友、エイブラム・マーベリック卿が、シャルド古代遺跡での発掘の様子を聞きにやって来る事になっていた。その部屋の支度が漸く終わったと思ったら、ここへ来てロイル家御一統がやって来るという。別に迷惑という訳ではないが、せめてもう少し余裕を持って報せてくれれば……と愚痴りたくなるが、無理難題を振ってきたのは祖国マナステラの馬鹿どもだ。パートリッジ卿は益々祖国への反感を募らせる事になった。
とは言っても、その引き金となったのはパートリッジ卿が本国へ送った報告にあるのだから、これは或る意味で自業自得である。
「マンフレッドは、部屋の手配が無理ならシャルドから通うと言っておるが……そんな真似をさせる訳にもいかん」
手紙を読んだ限りでは、ロイル卿の用を足すためにはバンクスに拠点を構えた方が便利だと思えるし……第一、パートリッジ卿の沽券にも関わるではないか。
「気懸かりと言えばリスベットの事じゃが……ま、温和しい子のようじゃったし、監視と捕獲は専従班に任せておけば大丈夫じゃろう」




