第二百三十八章 集束する縁(えにし) 5.from マナステラ(その2)
さて――ロイル卿を当惑させた本国からの指示だが……これは言うまでも無く、イラストリアがノンヒュームの講師を募集しているという情報に対しての反応である。
あまりマナステラを蚊帳の外に起き続けると臍を曲げるかもしれないという「鬱ぎ屋」クンツからのサジェスチョンによって、ホルベック卿が――連絡会議とイラストリア王国の諒解を得た上で――パートリッジ卿にリークし、そこからマナステラに流れて来た情報である。
モルファン王女のイラストリア留学の話は聞いていたが、イラストリア側がそれに応ずるためにノンヒュームの講師陣を拡充するというのは、これはマナステラにとって聞き流せない話であった。何しろイラストリアはこの一手で、モルファンのみならずノンヒュームとの関係を深めようとしているのだ。看過できよう筈が無いではないか。
「看過できないという点には同意するが……だとして、我々に何ができる?」
「王立学園の人事など、どこから見てもその国の専管事項だろう。我々が下手に口を出せば、内政干渉の誹りを受けるぞ」
「……それ以前に、口に出すべき内容が何も無いというのがな……」
「「「う~む……」」」
この場合マナステラにとって望ましい展開とは、イラストリアの希望に合致する人材を颯爽と提供する事なのであろうが、
「生憎と、〝ノンヒュームの文化や習俗に詳しく、それを人族の子女に解り易く講義できる人材〟など、国王府にもおらんからな」
――と言うか、マナステラ王国に勤務するノンヒューム自体が、以前に較べて大幅に減少している。言うまでも無く、嘗てのクリーヴァー公爵家の粛清に伴い、王家と同じ穴の狢と見られるのを嫌ったノンヒュームたちが、挙って王家から距離を置いたためである。
それでも〝ノンヒュームとの協調と融和〟を国策に掲げている事で、国内にいるノンヒュームとはそれなりに交流もあるのだが、
「……在野のノンヒュームであれば、既に『連絡会議』から要請が届いている筈だ。今更我らが募集をかけたところで、応募してくるような者はおらんだろう」
――という、至極当たり前の状況にあった。
官民問わず国内のノンヒュームに当てが無いとなると、残るは人族から人材を調達するしか無い訳だが……皮肉な事にこのマナステラ王国では、ノンヒュームとの融和を優先し過ぎたため、彼らの文化や風習を詮索するのは好ましくないという気運が――当時の王国の主導で――醸成されていたため、その方面の研究者が育っていなかった。
――こういうのを俗に〝八方塞がり〟と云うのだが……
「いや……待て。確かロイル卿の一家が、目下イラストリアを訪問していなかったか?」
「あ……」
「そうか……ロイル家がいた」
ここで少々説明を加えておくと、「迷姫」リスベットを生み出したロイル家というのは、マナステラ王国にあって学問の擁護者を以て任じ任ぜられてきた家柄である。自ら研究に携わる事もあるが、精魂傾けてのめり込むという執着心に欠けるためか、学者としてよりパトロンとして名を売る事の多い一族であった。
今回彼らがバンクスでなくシャルドに起点を置いたのも、その好奇心の発露であると言えよう。好奇心の赴くままに行動するケースが多い事を考えると、「迷姫」の生まれる素地はあったとも言えよう。
「確かロイル家の次男は、各地の文化の比較研究に興味があるとか言ってなかったか?」
「そう言えば……そんな噂を聞いたような気も……」
ロイル卿の次男――リスベットの兄――は、今回のイラストリア訪問には都合が付かなかったため欠席しているが、地球で言うところの文化人類学だか比較文化論だか、その方面に興味があるらしい。まだ未成年ではあるが――
「イラストリアの『学院』でノンヒュームたちの文化や習俗に関する講義が開講されるのなら、聴講生として受講させるというのはどうだ?」
「ふむ……次善の策としては悪くないようだ」
「だったら早速にも――」
「いや待て早まるな。本人の意向も聞かねばならんし、それ以前に問題の講義が本当に開講されるのか、他国から聴講生を募るのかどうかも確認できていないんだ」
「うむ。とりあえずロイル卿には、イラストリアと友誼を結ぶ事を優先してもらおう。詳細については帰国後に詰めればいい」
「……だな。不確定要素が多過ぎて、文書で送れるような内容じゃない」
――という風に、ロイル卿もその次男も不在のままに話が纏まり、シャルドで休暇を楽しんでいたロイル卿の許に能く解らない指示が飛竜便で届くという……卿にしてみれば当惑させられる結果となったのであった。




