第二百三十八章 集束する縁(えにし) 4.from マナステラ(その1)
さて、今や多方面から〝狙われた町〟となったバンクスであるが、ここで新たに今一人の参加者を迎える事となった。誰あろう、マナステラの貴族にしてパートリッジ卿の友人でもあるマンフレッド・ラディヤード・ロイル卿とその家族の面々である。……より正確に言えば、パートリッジ卿と親しくしていたのは先代のユージーン・グラハム・ロイル卿であるが、当代のロイル卿も子供の頃からの知り合いであった。
元々彼らはバンクスの新年祭に参加するつもりは露ほども無かった。何しろ「迷姫」リスベットを連れて来ているのだ。人混みは彼らにとって鬼門である。それは五月祭で――先代共々――身に沁みた。
なので敢えてバンクスには立ち寄らず、少し離れたシャルドに宿を取って、そこで名代の「封印遺跡」の封印遺跡をゆるりと見物し、新年祭の騒ぎが収まった頃を見計らって、旧知のパートリッジ卿を訪ねよう。……娘がモローで少しばかりおいたをしたようだが、それしきの事で予定を見直す必要はあるまい。……そう算段していたのであるが、
「国許からの至急令?」
「は! 直ちに指示に従って行動するようにとの事でした!」
マナステラからの急使を名告る者に、長閑なバカンス計画を破られたのである。
何でもマナダミアからバンクスまで、飛竜で長駆三日を費やして駆け付け、そこから馬車でここシャルドへやって来てからは、彼方此方の宿をロイル卿求めて探し廻ったらしい。憔悴ぶりが露わになっていた。
祖国マナステラがここイラストリア王国まで、それも態々飛竜便まで使って指示を届けてくるなど、これは尋常な事ではない。祖国に何が起こったというのか。
緊張して書状を開いたロイル卿はその文面を一読すると、
「……貴君はこの指示について何か聞かされているかね?」
「いえ、詳しい事は何も。ただ、祖国の運命に関わる重要な任務なので、可及的速やかに全うすべし――とだけ」
「祖国の運命にねぇ……」
書状を読んだロイル卿が当惑したのも無理からぬ事で、そこには――
〝高度に政治的な判断に基づき、マナステラ王国はロイル卿の次男を来年イラストリア王国に留学させるのが最善手であると判断した。詳細については後日に譲るが、とりあえずロイル卿においては、次男を留学させるための下地作りに配慮して動くように〟
――という、何を言いたいのか解らない文章が並んでいたのである。
(恐らくは機密保全を考慮して、詳細な事情は伏せたのだろうが……これでは上が何を考えているのか、こちらがどう動くべきなのかすら判らんではないか……)
ともあれ、細かな事は後で考えればいい。今は、
「あぁ、内容は今一つ解らんが……ともかく指示は受け取った。貴君は任務を全うした。以後は予め本国から与えられている指示に従って行動するように」
「はっ! それでは任務完了の報告を送った後、帰還します!」
「うむ。万事万端宜しきように」
「失礼します!」
連絡員の任務完了と解放を宣言した後で、ロイル卿は再び思案に耽る。はてさて、これからどうしたものか。
当初の予定ではここシャルドに腰を据えて、ここからあちこちに足を伸ばすつもりでいた。来る新年祭は混雑を避けて、エルギンかシアカスターでも見物に行こうかと相談していたところだった。シアカスターにあるという菓子店には行くべきだと――主に妻が――力説していたし、エルギンは……この間はモローでの騒ぎがあって、あまり長居できなかったし。
だが――そんな胸算用も、この書状が綺麗さっぱり吹き飛ばしてくれた。本国は一体自分に何をさせたいのか。




