第二百三十八章 集束する縁(えにし) 2.from イラストリア(その1)
「いや、幾ら何でも大国モルファンのお偉いさんなんだぜ? 護衛も無しにバンクスへ行かせる……ってなぁ無ぇだろうが」
「その点は仰るとおりなのですが……遺憾ながら適当な者の当てがありません。ダールとクルシャンクは休暇中ですし」
第一大隊の執務室で話し込んでいるのは、イラストリア王国軍第一大隊指揮官のローバー将軍と、その副官であるウォーレン卿の二人である。モルファンの特使たるカールシン卿が、あろう事かバンクスには従者一名だけを伴って行くと言い出したため、同行させる者を手配せよ――とのお達しが下ったのである。
そういうのは王国軍第一大隊の任務ではない――と、一応の抗弁はしたのであるが、
「モルファンとノンヒュームが絡んでいる以上、滅多な者には任せられない……そう斬り返されましたからねぇ……」
「……ったく。護衛なんてなぁ形式だけで、実際はお目付役って事なんだろうが……」
王都イラストリアからバンクスへの街道は、それなりに整備も警備もされている。道中の安全性という点では、特に問題は無い筈だ。
問題があるとすれば、先ほどローバー将軍が漏らしたようなお目付役と、
「あとは案内人でしょうね。お二方ともこの国の地理には不案内でしょうし」
モルファンからシャルドまでは中々に充実した旅であったようだが、シャルドからは王国差し向けの部隊に護衛されて、駆け足で王都までやって来たのだ。バンクス~王都間の道筋など、憶える暇も機会も無かっただろう。
「まぁ、適当な馬車なり飛竜なりに放り込んどきゃ、後は眠ってたってバンクスに着くだろうから、面倒が無ぇと言えば無ぇんだが……」
「しかし、カールシン卿の任務を考えると、そういう訳にもいかないでしょう。王都からバンクスまでの道中にも、可能な限りの諸情報は入手したいでしょうし」
「飛竜に乗ってくのも断られたからなぁ」
イラストリアの国情をできる限り調べておきたいカールシン卿としては、幾ら時間を短縮するためとは言え、一足飛びにバンクスへ向かう飛竜は望ましくない。上空からでないと見えない景色というのも確かにあるだろうが、やはり地上からの情報収集を優先したいのが人情である。ゆえにカールシン卿としては、イラストリア側の厚意に感謝しつつも、〝時間があれば馬車で移動したい〟旨を伝えていたのであった。
王都イラストリアからバンクスへは、飛竜を使えば一日で着くが、王族や貴族専用の高速馬車だと五日ほど、一般用の乗合馬車だと七日から八日はかかる。
ただしこの時は幸いにも時間にゆとりがあったため、カールシン卿は乗合馬車での旅を希望していた。そっちの方が情報収集の機会も多そうだし。
まぁ、その心情はイラストリア側にも理解できるので、特に反対もしなかった。ただ、問題なのは先程から言っているように……
「手頃な同行者の当てがありません。ダールとクルシャンクは王都を離れていますし」
「あぁ……あいつらは特別休暇の真っ最中だっけか」
沿岸国での訊き込みを済ませてからヴォルダバンへ潜入し、そこでシェイカー討伐隊に参加した後でアバンの「迷い家」を実地調査し、そこで物議ものの「折り鶴」を入手して、どの後は飛竜を乗り継いでイラストリアに帰国。その途中でモルヴァニアとマーカスの要人との会見を済ませる……という、控え目に言っても大車輪の任務を熟してきたダールとクルシャンクの二人は、その慰労にと二週間の完全休暇を与えられている。そうでなければあの二人に押し付けるのに持って来いの任務なのだが……
「あいつら、要領良くトンズラこきやがったからな……」
「まぁ、彼らの心情も解りますからねぇ……」
幾ら休暇中だとは言え、近場にいてはどんな面倒を振られるか知れたものではないとばかりに、ダールとクルシャンクの二人は行く先も告げずに雲隠れを決め込んでいる。厳密に言えば服務規程違反なのだが、二人に対して散々無理難題を言ってきたという自覚があるため、上層部としても文句は言いづらい。その罪悪感に付け込んだ形である。




