第二百三十八章 集束する縁(えにし) 1.from モルファン
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クロウがバンクスに到着したのと同じ頃、王都イラストリアからもバンクスを目指す者たちがいた。第一に挙げておかねばならないのがカールシン卿である。
イラストリア王国側の厚意から、思いがけず新年祭をバンクスで迎える機会を与えられたカールシン卿は、勇躍バンクスへ向かおうとしたのだが、
「む? では、バンクスには同行しないと?」
「お供したいのは山々ですが、我々の任務を考えると、全員が揃ってバンクスに向かうというのもどうかと……」
「ふむ……」
相談しているのはカールシン卿と、彼より一足先に王都で活動していた先行偵察員のカルコである。折角バンクスへ行く機会が得られたのだから、そのバンクスを観察する眼は多い方が良いだろうと同行を誘ったところ、上述のような異議を呈されたところである。
ちなみに、カールシン卿と同行するのは他に、モルファンからずっと供をしてきたニコフという名の従者のみ。他の者たちは、王都に貰える事になったカールシン卿の屋敷の準備で忙しく、バンクスに赴く暇など取れそうに無い。
もし仮に、使用人の中から一、二名を引き抜いてバンクスへ連れて行ったとしたら、その者たちは今後ずっと同僚からの怨嗟の目に晒される事になるだろう。使用人の間に不和の種を蒔くのは好ましくない。
よって、カールシン卿はカルコに声をかけた訳なのだが……
「ここイラストリアの国情、就中ノンヒュームたちの進出と活躍を調べるという任務に鑑みれば、人員を一ヵ所だけに投入するのは――仮令そこがバンクスという新年祭の場であったとしても――どうかと思います」
「ふむ……それは確かに。では……?」
「バンクス以外の場所での様子も見ておく必要があるかと。卿がバンクスへ行かれる以上、それは自分の役目という事に」
「うむ……では、ここイラストリアの新年祭を?」
「それも気にはなりますが、寧ろシアカスターの様子を見ておくべきではないかと」
「シアカスター?」
シアカスターと言えば――これは機密扱いになっているが――王女一行のための公邸が用意されている場所である。確かに重要な場所には違いないが、
「……王女殿下は学院に留学あそばすご予定だと伺っている。学院があるのは王都なのだから、シアカスターより王都へおいでの時間が長くなる筈だが?」
「承知しております。ただ……シアカスターには王都に無いアレがございましょう? ……ノンヒューム直営の菓子店が」
「それがあったか……」
カールシン卿が王都イラストリアに到着してからざっと二十日近く。その間イラストリア王国側との折衝や調整に明け暮れていたために、遺憾ながらカールシン卿当人は訪問する事が叶わなかった――シャルドからイラストリアへ来た時も時間を優先したため、シアカスターに立ち寄る暇など捻出できなかった――が、カルコから話だけは聞いている。……幸いと言っていいのか、カルコ本人は件の菓子店「コンフィズリー アンバー」の上得意らしく、中々に有益な情報をもたらしてくれたが。
「ふむ……本国でも彼の菓子店の事は掴んでおるとなれば……王女殿下のご一行がお見えになる際も、シアカスターを素通りするとは思えんな」
「御意」
素通りどころか、まず間違い無く「コンフィズリー アンバー」に立ち寄る事になるだろう。ならばその店の情報は、可能な限り集めておかねばならない。
「それもありますし、ノンヒューム直営の菓子店というものがシアカスターの町にどういう影響をもたらしているのか……それを探るのに新年祭は好い機会かと」
「確かに……千載一遇の好機やもしれん」
――斯くしてバンクスの新年祭へは、カールシン卿とその従者一名だけで赴く事になったのである。




