第二百三十七章 バンクス 5.エッジ村保育事情(その2)
製作が比較的容易という視点から、輪投げと縄跳びという案も出されたが、
『あれは小さな子供には、能力的に難しくないか?』
『輪投げはともかく、縄跳びはそうかもね』
『保育所に集められるのは、寧ろそういった小さな子供じゃろうが』
『だったら、竹馬も駄目ですか?』
『あれは大人でも乗れないやつがいそうだしな。まぁ縄跳びと一緒に、少し大きな子供向けに提案してみてもいいが』
ともあれ、こういった取捨選択の結果、淘汰の波を潜り抜けて残ったのが、
『積み木――という訳ね』
『まぁ、妥当と言えば妥当な選択だな』
積み木自体も知育玩具として推奨されているが、
『積み木の派生型として、ドミノ倒しとかジェンガとかもあるからなぁ』
『確かに……拡張という……事を……考えると……』
『先々の使い勝手が良さそうでございますな』
上手い具合にエッジ村の近くの林縁に生える木の中に、子供用の遊具に向いた木があった。成長は早いが材が軟らかくて軽いため、建材には使えない。一応焚き付けにはなるのだが、燃え易い反面で火力が小さく、燃料としても微妙であった。
適当な利用法が見当たらないため放って置かれているのだが、軽くて軟らかいので、子供用の積み木の材料としては持って来いなのであった。
もうこれで決定なのかと思われたのだが、この積み木という選択肢にも幾つかの欠点があった。
クロウの私見では、積み木というのはあれは、お城だとか車だとか恐竜だとかを子供が自分なりに再現しようとするから面白いのであって、そういったモデルとなるものを見る機会が無ければ、面白さは半減するのではないかと考えている。
エッジ村の子供に城などを見る機会がある筈も無く、車やドラゴンは言わずもがなである。となると、積み木で再現できそうなものは家くらいで、早晩飽きが来るのではなかろうか。
また、積み木細工を面白くするためには、立方体や直方体、三角錐や円錐・円柱など様々な形が揃っている方が望ましいが、それは加工に手間がかかるという事でもある。日本の幼稚園や保育園で見かけるような、大きな積み木に至っては言うまでも無い。
『だったら……これも駄目って事なの? クロウ』
『そう結論を急ぐな、シャノア。積み木ってのは、これで中々奥が深くてな』
そう言ったクロウが提案したのが、先述のような「ニキーチンの積み木」という訳なのであった。
ニキーチンの模様遊び積み木は、従来の積み木のように形を模倣・再現するのではなくて、お手本どおりの模様を再現したり、新たに表現したりする事を目的としているため、家の形が画一的であろうが問題は無い。知育玩具としても既に定評を得ているから、エッジ村の「保育所」で採用しても問題は無い筈だ。
……という次第でエッジ村に持ち込まれた「ニキーチンの積み木」であったが、塗料の手配さえ整えば製作は比較的簡単で、数を揃えるのも難しくないという事で、早速試作品が作られた。
幸いにして村の幼児たちからも好評を以て迎えられ、現在村の子供たちが揃ってド嵌りしている状況である。
そして――そういう光景を見ていたクロウが、「樫の木亭」にも確か同じくらいの年回りの子供がいた事を思い出した……というのが、クロウが積み木一式を持って来た理由なのであった。
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「一つだけ。この積み木って、エッジ村で子供たち向けに作ってるものなんです。なので、あんまり触れ廻らないで戴けると……」
万一この積み木が評判になって、エッジ村に注文が殺到するような事になっては一大事である。まぁ、その時は積み木の製作だけを他の村に振り分けるという手もあるのだが。
「あぁ、解ってるって。坊主を遊ばせる以外にゃ使わねぇよ」
「そうして戴けると助かります」
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この後、「ニキーチンの模様遊び」にインスピレーションを受けた村人の一人が、これをモチーフにした草木染めのスカーフを作ってしまい、世間から新たな評価と注文が降りかかる事になるのだが……そこまでクロウに責めを負わせるのは酷と言うものであろう。




