第二百三十七章 バンクス 4.エッジ村保育事情(その1)
僻地の一寒村に過ぎなかったエッジ村が、とある事情のせいで一躍ニューファッションの聖地と化した一件については既に再三述べてきたが……その結果、エッジ村は草木染め――就中、先進的な友禅染め――の開発製造拠点として位置付けられる羽目になった。ちなみに丸玉については、今はまだそこまで注目を浴びてはいない……人間たちの間では。
ともあれそんなエッジ村には、止ん事無き身分のご婦人方から草木染めの注文が殺到している訳で……もはや農作業を擲ってでも、村を挙げて草木染めに邁進するしか無いような有様であった。まぁ、実際には村人も農作業を擲つような事はしなかったのであるが、それはそれで草木染めに取りかかる時間がタイトになるという結果をもたらした。
こうなると問題になるのが、子供の世話に取られる時間である。
少しでも作業の時間を捻り出すために、村中の子供を一ヵ所に集めて、村の年寄りなどが纏めて面倒を見るという案が提出された。要は保育所の原型であり、提案者は当然の如くクロウである。
そうなると、子供をあやし遊ばせておくための玩具が必要になる訳で……責任感に囚われたクロウが知恵を絞る事になったのも、やはり当然と言えば当然の成り行きであった。
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『……ボール系の遊具が使えないというのは痛いな……』
日本では定番のようになっている遊具であるが、ゴムもビニールも普及していないこちらの世界では使えない。探せばどこかに代用になる素材もあるかもしれないが、
『エッジ村で無理なく入手できるものでないと、不自然極まりないからなぁ……』
この時点で、ボール系や乗り物系の遊具が除外される。ジャングルジムや滑り台、シーソーなどは言わずもがな。
『あら? クロウが見せてくれた中に、紙製のボールが無かった?』
『紙風船か? 確かにあれなら作れるだろうが……こっちだと紙自体がそこまで安くないからなぁ……』
『付け加えさせて戴くなら、あの紙はかなり薄く、しかも丈夫なものでございました。この国で同じような紙を入手できるかと言えば……』
『あ……難しい訳なのね……』
紙の入手が不如意という事で、張り子という選択肢がやはり却下される。
『張り子の虎や起き上がり小法師も駄目――と……』
『福笑いも難しいですかね? 主様』
『微妙なところかもなぁ……量はともかく、結構大きな紙を使うし』
『だったらぁ、双六もぉ、駄目ですかぁ?』
『風車も?』
『抑の話としてじゃ、そのための紙をどこで手に入れるつもりじゃ?』
『あ……マスターの世界の紙を持ち込んだら……』
『面倒な……事に……なるかも……しれません』
『却下だな』
素材の入手に難があるという理由で、以前ヴィンシュタットに持ち込んで好評を博した「知恵の輪」も却下される。同じ理由でベーゴマも不採用。捻り独楽はこちらの世界にもあるし、投げ独楽は女の子向きでないという理由で退けられる。
竹とんぼも……
『あれは竹以外の素材だと、加工が難しいんじゃないか?』
少なくとも量産には不向きではないかとの指摘があって没になる。
水鉄砲という案も出されたが、
『それって、子供の服が泥だらけになるわよ、絶対』
『……母親の仕事を増やすというのは本末転倒だな』
――という理由で却下される。残念という声は大きかったのだが。
子供遊びの定番とも言えるビー玉は、ガラスという素材を別にしても、綺麗な球を複数揃える事の難しさを指摘されて不採用となった。同じように球を加工する難度という点から、けん玉も続いて却下される。ならばヨーヨーはどうかと俎上に上るが、こちらも結構な精度の加工が必要ではないかとの指摘が出され、残念ながら没となる。クロウにとっては返す返すも痛恨事であった。




