第二百三十七章 バンクス 3.おとこのこへのおみやげ
そんな遣り取りをしているところへ、奥の方から顔を覗かせた者がいた。そのままちょこちょこと歩いて来て、無言で姉の裾に縋り付く。
「あぁ、マルコったら……ごめんなさい、クロウさん」
どうやらクロウが最初にここを訪れた年に生まれた赤ん坊、それがこのマルコという男の子らしい。
「お姉ちゃんが戻って来ないから探しに来たんだろう。別に謝る事は無いさ」
「いやクロウさん、済まねぇ。嬶が見てる筈なんだが……」
「お内儀さんもお忙しいんでしょう。お気になさらず」
「本当に済まねぇ。構ってやらねぇと直ぐに憤るもんで……何か気を引けるようなもんでもありゃ別なんだが……」
「あ、一人でいるのは気にしないお子さんなんですか?」
「あぁ……何か気を紛らせるもんがありゃ、一人で温和しくしてんだが……」
多忙な両親と姉の事を慮ってか、独り遊びでそれなりに満足する子に育ったらしい。孝行息子には違い無いが、些か不憫な気がしないでもない。
ともあれそういう事なら、持って来たこれが役に立ちそうだ。
「それなら……」
――と前置きしたクロウが荷物の中から取りだしたのは、各面に色を塗った木製のキューブ一式であった。
「試しにと思ってお持ちしたんですけど、これが少しは役に立ってくれるかもしれません」
「おぃおぃ……何だぃこりゃ、クロウさんよ」
「綺麗……あ、ひょっとして積み木?」
「ご名答」
クロウが取り出したのは、一辺が三センチほどの木製の立方体が十六個ほど。前述したように、各面にはそれぞれ異なる彩色が施されている。ジェハンが試しに一つを手に取ってみたところ、見かけよりもずっと軽い。これなら子供でも軽々と取り扱えるだろうが……
「……クロウさん、随分と綺麗な積み木だが……この塗り分けにゃ何か意味があんのかぃ?」
「あぁ、それはこうやって並べれば……ほら」
「おっ!?」
「綺麗……」
立方体の六面のうち、上下の二面はそれぞれ二つの三角に塗り分けられ、側面の四面はそれぞれ異なる色で塗り潰されている。その六面を適当に並べる事で、カラフルな幾何学模様が描き出される事になった。
……地球では「ニキーチンの積み木」、正確にはそのうちの「模様遊び」として知られる知育玩具であった。
「これ、見本ですけど……大体こういった模様が作れるんですよ」
「へぇ……こりゃまた……」
クロウが見せたお手本には、能くもこれだけ――と思えるほどに多種多様な模様が描かれていた。
「あ、このお手本になるように、自分で積み木を並べてみろって事?」
「そういう事」
このキューブを並べるだけでこれだけの模様を作り出せると思えば、そりゃ子供がのめり込むのも当然かもしれない。
実は……この「ニキーチンの積み木」であるが、最初からマルコ少年のために手配した訳ではない。
それでは一体何のためかと言うと……実はこれにも、エッジ村における草木染めの件が絡んでいるのであった。




