第二百三十五章 バンクスを目指す者たち~発・エルギン~ 4.商人ラスコー~撤退の決断~
その一つは、未だにエルギンの町で燻っているテオドラムの悪評である。
嘗てエルギンを訪れた死霊術師スキットルが暴露した、シュレクの村におけるテオドラム兵士の暴虐ぶりは、今に至るもエルギンの住人たちの間で語り種になっていた。その情報――テオドラム兵士が村人に虐待を加えようとした件と、エルギンにおける対テオドラム感情が真冬の氷よりもなお冷え切っているという件――は早耳自慢のラスコーにしても初耳の情報であり、内容からしても聞き捨てにはできないものであった。
そしてもう一つは……
「……学院が? 軽銀を?」
「あぁ。理由は判らんが、軽銀および軽銀製品を買い求めるよう依頼が出された。つい昨日の事だな」
イラストリア王国の動きを受けた王国の王立講学院が、商業ギルドに軽銀および軽銀製品の買い集めを依頼したという情報であった。
旧知の商人は「工芸品」の詳細な内容については頑として明かさなかったものの、それが軽銀製である事だけは――渋々とだが――明かしてくれた。そして今このタイミングで、イラストリア王国の王立講学院が軽銀を集めているという……
(……アバンから飛竜を飛ばして帰国したとするなら、時期的には辻褄が合う。だが、そうだとすると……)
もしもこの想像が当たっているとするならば、①二人組が得た軽銀製の工芸品は、飛竜を飛ばしてまで至急に持ち帰る必要があったという事であり、②それを受けて王立講学院が直ちに軽銀を集めるほどの重要なものであったという事であり、更には③講学院が事情を明かしていない事と「工芸品」の噂がちらりとも聞こえてこない事から、イラストリアはこの件を秘密裡に進める意向であるらしい事――などが窺えた。つまり……
(……この件についてこれ以上深入りするのは危険だな。ここは一旦、温和しく身を引いた方が無難か……)
――という判断に至ったのであった。だがしかし、
(……ここで慌てて帰国したりすると、却って不審を抱かれるかもしれん。……幸いに新年祭の時期が迫ってきてもいるし、バンクス辺りに待避して、そこで噂のノンヒュームの出店でも見物するか。……エルギンには来年になって熱りが冷めた頃を見計らって、もう一度やって来ればいいしな)
――という次第で、エルギンからバンクスに向かう長距離馬車の座席を取って、相乗りしたクロウを辟易させる事になったのであった。
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『しかし……あの商人、暫くバンクスに滞在するような事を言ってたが……少し面倒な事になるかもしれんな』
『面倒な事……』
『……ですかぁ?』
確かにあのお喋りに付き合わされるのは閉口するが、そこまで面倒な相手だろうか? そう言いたげなライとキーンに向かって、
『いやな、あの様子だと、万が一ルパや御前と一緒のところを見られたら、紹介してくれオーラが酷い事になりそうじゃないか?』
『あ……それは確かに……』
『ありそぅですぅ』
口車の才には長けているようだから、余計な事を訊き出したり口走ったりしないとも限らない。どちらにしても、クロウとしては好ましい事ではない。
『逆に上手く使えたら、少なくともルパよりは有能な手駒になりそうな気もするけどな』
両刃の剣になりそうな気がするから物騒だろうと言われると、眷属二名も頷くしか無い。
(……まぁ、ゲームとかラノベでは、割と能く見かけるキャラだよな。少し前に話題になった「混迷の棋士」……違うな……「運命の騎士たち」だったか? あれにも能く似たタイプのキャラが出てきた。サポートキャラで……確かレベッカとかいったか? 基本、面倒にはタッチしないキャラなんだが、仲間にしておくと手厚い情報支援を受けられるんだよな。あれも確か、一攫千金より身の安全を優先するタイプだった……)
だが、ゲームでは使いでのあるキャラであっても、いざ実生活で付き合うとなると、油断のならない面倒なキャラでしかない。
(……近寄らないように気を付けるのが無難だな)
どこかで聞いたようなタイトルのゲームですね(笑)。




