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第二百三十五章 バンクスを目指す者たち~発・エルギン~ 2.商人ラスコー~耳寄りなネタ~

 このラスコーという男、元はアムルファンのそれなりの商会で長年番頭を張っていて、その後に独り立ちした商人であった。

 生来より商機を見る目は確かであったし、長年の店勤めで充分な経験も積んでいたので、それなりに成り上がるだけの力量を備えていたのであったが……長年の店勤めで商売の面倒臭ささも生臭さも見聞きする機会が多かったためか、貪欲に(もう)けようという気概に欠けていた。

 (もと)より一攫千金(いっかくせんきん)を狙うタイプではなかった事もあって、自ら(つちか)った人脈からの情報を基に、ほどほどの(もう)けを狙うタイプに落ち着いた。そして――そういう手法に自らの生き方を見出した彼が熱心に取り組んだのが、人脈を形成する事であった。そこはラスコーも商人であるから、情報の価値というものは(わきま)えている。しかしそれを考慮しても、目先の情報よりも(むし)ろ、その情報をもたらす人脈こそが重要――というのがラスコーのスタンスなのであった。


 そんなラスコーにしてみれば、故国アムルファンと遠く離れたイラストリアにも、出来る限りの伝手(つて)を作っておきたいのが本音である。なので道中にもせっせと顔を売る事に熱心だった訳で、それがクロウには()()れしさと映って、内心で辟易(へきえき)した訳なのであった。まぁ、ラスコーもその辺りは素早く見て取って、クロウを不快にする直前で絶妙に距離を取っていた訳だが……その退()(ぎわ)の見事さが(かえ)ってクロウの疑念を掻き立てたのだから、これは人生の皮肉と言うべきであろう。


 そのラスコーが(そもそも)なぜイラストリアに出向いて来たのかというと……先程も言ったように、少し複雑な経緯(いきさつ)があった。


 商売上の都合とアバンの「(まよ)()」への興味からヴォルダバンを訪れたラスコーは、そこで旧知の商人と邂逅する事になった。改めて言うまでも無く、アバンの廃村でダールとクルシャンクに出会って「折り鶴」を鑑定した、あの(・・)商人である。

 (きゅう)(かつ)を叙しての会話が弾む中で、「折り鶴」の件が商人の口からポロリと滑り出たのだが、口の堅いモルヴァニア商人は詳しい情報を漏らす事はしなかった。ただ――ラスコーの方に少しばかりの心当たりがあっただけである。


 実は――(いささ)か出来過ぎの観があるが――ラスコーが本拠地としているセルキアを発ってヴォルダバンへやって来た時に護衛として雇ったのが、あろう事かダールとクルシャンクの二人なのであった。

 言葉の端々(はしばし)からラスコーは、この二人がイラストリアからやって来た冒険者(?)であるらしいと気付いたが、下手に詮索して警戒されてもつまらないと考え、この時はそれ以上追及しなかった。


 ところが――知人の話す二人組の人相(にんそう)風体(ふうてい)(くだん)の二人組にピタリと()()まる事に気付いたラスコーの胸裏には、(かつ)て抱いた疑念が再びムクムクと頭をもたげてきた。


 ――イラストリアの冒険者が何でまた、遙々(はるばる)ヴォルダバンくんだりまでやって来たのか?


 アバンの廃村が目当てだとしても、ここまでの移動の時間と費用を考えたら足が出る筈。そうまでしてアバンで博奕(ばくち)を打ちたい理由があるのか?


 芽吹いた疑惑を放って置けなかったラスコーは、駄目で元々という感じで鎌を掛けてみたところ、これが見事に大当たり。口の重かった商人から、もう少しだけ詳しい事情を引き出す事に成功したのだが……この件をどう扱うべきかというところで、ラスコーは(はた)と考え込む事になった。

 情報源となった商人の身を危険に(さら)す訳にはいかないので、情報の取り扱いには注意する必要がある。それは無論だがその前に、ラスコーはこの「工芸品」とやらに手を出す気はさらさら無かった。確たる根拠は無いにせよ、どうにも自分の手には余る代物のような気がするし。

 そうなるとこの件は、人脈を広げるための「情報(ネタ)」として取り扱うのが一番無難な気がするが……ただ、それは本当に〝無難〟な決断なのか?


 遙々(はるばる)イラストリアからやって来たと(おぼ)しき出自不祥の二人組が、当代きっての()(ろん)さを誇るアバンの「(まよ)()」を訪れ、そこで何やら怪しげなところのある工芸品を手に入れた……

 縦横斜め裏表のどこからどう見ても、厄介そうな感じしかしない。

 しかも、「イラストリア」と「怪しげな工芸品」の二つが揃ったとなれば、そこから「ノンヒューム」という単語を連想するのは子供にだってできる。



(……これは……下手に扱うととんだ事になる情報(ネタ)だな……)



 ――そうなると、この情報の危険性について確かめるしか無い。だが、こんな物騒な情報の危険度を、どうやって測ればいいというのだ。嗅ぎ廻る事自体が既に危険そうではないか。


 ラスコーは(しば)しの思案の後、(みずか)らイラストリアへ(おもむ)く事を選択した。

 商人としては一度はイラストリアへ(おもむ)いて、()の地のノンヒュームと(よしみ)を通じておきたいのが本音である。これは或る意味で好い機会ではないか。問題の情報の危険度については、



(もしもこの「工芸品」が単なる掘り出し物であったとすれば、その噂が漏れぬ筈が無い。逆に言えば、もしもその噂が広まっていないのなら、そこには何か隠蔽の意志が働いたと見なければならん……()(かつ)に手は出せんな。そんな危険が在ると知れただけでも、ひとまずは上々吉と思わねばなるまい)

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