第二百三十五章 バンクスを目指す者たち~発・エルギン~ 1.クロウ、バンクス到着
『やっと着いたな』
『ぉ疲れ様でしたぁ、ますたぁ』
『楽と言えば楽でしたけど、気は抜けませんでしたね』
長距離馬車でバンクスに到着したクロウを、お供のライとキーンが労っている構図であるが……面倒と労力を省くために乗合馬車を選んだ筈のクロウが、なぜにそこまで疲れているのか。
一言で云えば、妙に話し好きの商人と乗り合わせてしまったのである。
クロウの何を気に入ったのか、道中やたらと話しかけてくる商人を、けんもほろろに扱う訳にもいかず、道中ずっと愛想笑いを浮かべて相手を務める羽目になったのであった。自らコミュ障を標榜するクロウにとっては、甚だ過酷な試練であった。乗り換えの手間が面倒だと長距離馬車を選んだのが、見事に裏目に出た形である。
しかもこの商人、人付き合いの距離感を測るのに長けているらしく、相手をするのが面倒になるギリギリのところで一旦引く、その間合いの取り方が絶妙であった。おまけに話術が巧みで話題も豊富、態度も悪くないときているから、コミュ障気味のクロウでなければ和やかに旅を楽しむ事ができていたろう。実際、他の同乗者たちとは打ち解けて話をしていたようだし。
ただし……クロウはコミュ障を標榜してはいるが、対人スキルが低い訳ではない。と言うより、他人とのコミュニケーションを苦手とするが故に、適切な距離感を保つために対人スキルを磨いたのが、クロウこと烏丸良志という男である。
そして――そんなクロウであればこそ、気付き得た事があった。
『……あの商人、単なるお喋りという訳でもなさそうだな』
『はぃ?』
『どういう事ですか? マスター』
『何というか……こっちの様子を窺うような感じがあった』
『『はい!?』』
異世界人だの日帰り転移者だのダンジョンロードだの対テオドラム作戦の黒幕だのエッジ村風ファッションの仕掛け人だのと、色々と大っぴらにできない事情を抱えているのがクロウである。今までは深く詮索される事無くやり過ごしてきたが、ここへきて遂に疑いを抱く者が現れたか。可哀想だがこの商人には、永久に口を噤んでもらう事に……
――などと、ライとキーンが剣呑な決意を固めかけたところで、
『あ、いや……探りを入れるというよりは、こっちを値踏みしているような感じだったな』
『『……はぁ?』』
クロウの正体に疑念を抱いているのでないとすると、下手に手を出すのは藪蛇になる虞がある。暫くの間は様子を見てみる事にしよう――と、洞窟に待機している面々も交えて衆議一決する。
『新年祭の間はバンクスに滞在するみたいな事を言ってたから……』
『また、どこかで出会すかもしれませんね、マスター』
『向こうの思惑がはっきりしないと、こっちも態度を決めかねるんだがな』
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さて――クロウたちを当惑させたこの商人、名前をラスコーという。アムルファンの商人だと名告っていたし、その言葉に嘘は無いのだが……彼がこの国を訪れた本当の理由は些か複雑であった。
実はこのラスコーという商人、アバンの廃村でダールとクルシャンクの二人に遭遇し、彼の「折り鶴」を最初に鑑定した――そして、その鑑定文に違和感を抱いた――商人とは旧知の間柄であった。
その彼がなぜアムルファンから遙々バンクスにまでやって来ているのか。その説明は今少し後に廻して、先にクロウがラスコーに対して抱いた不審の件を説明しておこう。




