第二百三十三章 エルギン 9.エルギン領主 オットー・ホルベック卿
拙作「ぼくたちのマヨヒガ」本日21時に更新します。宜しければこちらもご笑覧下さい。
その日、エルギン領主オットー・ホルベック卿は、馬車に乗って領都内にあるノンヒューム連絡会議の事務局に向かっていた。目的は連絡会議の面々との相談、もしくは嘆願。その内容は、イラストリア王国から無茶振りをされたノンヒュームの講師派遣の件である。
セルマインの回答を受けた連絡会議は、王国の要望に即座に応えるのは難しいと判断。要望に応えるに吝かでないが少し時間をくれと、王国に返答したのである。
連絡会議からの返事を受けた王国側は、駄目元でホルベック卿にも人材探しを依頼。無茶を振られたホルベック卿が、藁をも掴みたい想いで連絡会議に向かっている――というのがただ今の状況なのであった。
そんなホルベック卿を神が憐れみ給うたのか、ガラガラと道を走る馬車の窓からボンヤリと外を眺めるホルベック卿の目に留まったのが、
(あれは確か……丁度好い、少し知恵を貸してもらうとしようか)
むっつりとした表情で道を歩いていたのは、ここエルギンを本拠地とする獣人の冒険者、鬱ぎ屋クンツと呼ばれる男であった。
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「いや御前、お言葉ですがそれはお断りさせて戴きます」
丁寧な中にも断固たる決意を秘めてホルベック卿の提案を謝絶しているのはクンツである。暫く用事で町を離れている間に、そんな厄介事が持ち上がっていたとは……
「性に合わないというのもありますが、それ以前に……御前のご要望を叶えるには、冒険者は不向きだと愚考します」
「ふむ……今少し詳しく説明してくれぬか」
苦境の打開には至らぬまでも、何らかの手懸かりを得られそうな気配に、ホルベック卿はクンツに説明を要求……いや、懇願する。クンツもホルベック卿に含むところは無いので、丁寧にして真摯な態度でその要求に応える。
「押し並べての話になりますが、自分も含めて冒険者という者は、あまり文化や習俗に目を向ける事がありません――それが依頼内容に関わらないかぎりは。
「――と言うか抑、自分たちの文化や習俗が人間のそれとどう違うのかなど気付いていないし、気にしてもいないと思います。……これは自分たちノンヒュームだけではなく、恐らくは人間の冒険者も同じだとおもいますが」
「……〝文化や習俗についての講師〟という、王国の要望には向かない――と?」
「遺憾ながら。……と言うかですね、抑〝ノンヒューム〟という枠組み自体が新しいものだという事を、自分としては指摘しておかざるを得ません」
「ふむ……成る程」
クンツの指摘は事実――それも重要な事実であった。
抑「ノンヒューム」という概念自体、今を去る事二年前の連絡会議の設立に際して提言されたものなのだ。
「ですから……〝エルフ〟とか〝ドワーフ〟とかいう括りでなら、文化や習俗に詳しい者も、それなりにいるかもしれません。しかし、〝ノンヒューム〟という大きな枠の中でそれを論じる事ができる者は……」
「……極めて限られる――か」
「遺憾ながら」
クンツの話にうぅむと手応えを感じるホルベック卿。前向きな解決策とは言い難いが、少なくとも我が身に降りかかってきた無茶振りを回避するのには役立ちそうではないか。
「……ですからこの件は、連絡会議とも充分に意思を疎通しておかれる方が良いかと。〝ノンヒューム〟という大きな括りの中で講義できる人材を探すのか、それとも〝エルフ〟や〝ドワーフ〟という比較的小さな――或る意味では伝統的な括りの中で講義できる人材を探すのか、その辺りを話し合っておきませんと……」
「勝手に考えて探すのでは、後の始末がややこしくなるか」
「御意」
――という具合に連絡会議との共闘という助言を与えたクンツであるが、このまま町を離れる事に決めたようである。曰く――〝うかうかと事務局に顔を出したら、面倒事を振られそうな気がするから〟だそうである。
そんな面倒事の情報をもたらしてくれたホルベック卿に感謝してなのか、去りしなにクンツは一つ忠告を残した。
「御前、これは単なる思い付きですが……この件はマナステラにも漏らした方が良いかもしれません」
「マナステラに――とな?」
「はい。あの国と我々の間が微妙な感じになっているのは、御前も既にお聞き及びかと。この状況で又候あの国を蚊帳の外に置くと、面倒な感じに拗れる可能性が無視できぬかと」
「うむ……」
「この件はイラストリアが学院の講師増員を図ったのが発端。となれば、イラストリアとしてはマナステラに人材を要求するような真似はしておらぬ可能性も」
「うむ……」
「もし御前のお知り合いにマナステラへの伝手をお持ちの仁がおられれば、雑談という体裁でこの話を漏らしておかれた方が無難やもしれません。……無論、連絡会議と王国には事前に諮っておく必要がありましょうが」
「うむ……」
獣人きっての策士と名高い鬱ぎ屋クンツ。彼の助言を無下にする気など、ホルベック卿にはさらさら無かった。




