第二百三十三章 エルギン 8.ノンヒューム連絡会議事務局~チョコレートとココア~(その4)
「専売に……」
「ですか?」
〝チョコレートとココアは王国の専売にする〟――というクロウの提案に対して、驚きを隠せない様子ではあるものの、その損得について考え込む三人。
面倒事を王国に押し付けるという点には両手を挙げて賛同したいが、単に国王府に卸すだけでは駄目なのか?
「その方が、ホルベック卿の負担も減るだろう?」
「確かに……」
ココアとチョコレートの取引を連絡会議で扱った場合は言わずもがな、少しでも取引の可能性を残しておけば、ココアとチョコレートを欲する者たちがエルギンへ押し掛けるのは、クリムゾンバーンの革の一件を見ても明らかではないか。そんな事になれば、エルギン領主であるホルベック卿に迷惑を掛けるのは疑い無い。今でさえ多大な気苦労を掛けているというのに、更なる迷惑を押し付けるような事になれば、折角積み上げてきたエルギンとノンヒュームの友誼にも罅が入りかねない。それは容認できる事では無い。
「懸念があるとすれば、王国側がこの提案を聞き入れてくれるかどうかなんだが……」
「それは大丈夫ではないでしょうか」
これまでに幾多の美味珍味新味をもたらしてきたノンヒュームの新作菓子である。その専売権の交渉となると、王国が首を縦に振らない訳が無い。古酒は少々扱いに困ったようだが、
「こっちは古酒と違って、継続的に入手できるというのですから」
「一度に供給できる数は少なくても、王家にとっては――少なくとも古酒よりは――使い勝手が良い筈です」
「まぁ、難があるとすりゃあ、呑兵衛どもにゃあまり受けねぇかもって点ですが……」
僅かに残念そうな表情を見せたダイムに向かって、
「いや? チョコレートはウィスキー……蒸溜酒にも結構合うぞ?」
――と、考え無しの失言をかますところがクロウの真骨頂である。
顔色を変えた三人を見て己が失言を悟ったクロウであったが、
「……そいつは当面、ここだけの話って事に……」
「さもないと、万一ドワーフたちに知られでもしたら……」
「忽ちにしてチョコレートの生産計画が大幅な狂いに見舞われそうな気が……」
「うむ……」
地雷と変じたチョコレートの件はそこまでにして、クロウたちは粛々とその他の案件について相談を進める。ちなみに、王女一行がシアカスターに立ち寄る可能性を指摘したクロウにしても、まさかモルファンの公邸自体がシアカスターに置かれるなどとは想像もしていない。そのために「コンフィズリー アンバー」における対策も些か議論不充分な憾みが残ったものの、これは或る意味で仕方のない事であろう。
そんな幾つかの話題の中に――
「講師の派遣を要請? イラストリアがか?」
「はい。何でも来年のモルファン王女留学に向けて、ノンヒュームの講師陣を増員したいとかで」
「ふむ……」
王国側の希望としては筋の通ったものであるし、素よりノンヒュームにとっても利のある話である。クロウにしても否やは無い。
「ただ……我々の文化や風俗を適切に人間に伝えるとなると、少しばかり敷居が高くなりまして」
「あぁ、ノンヒュームだけでなく、人間のものの見方を弁えておく必要がある訳か」
「はい」
それくらいなら人間の町や村に住まう者を動員すれば――と思ったクロウであったが、
「それだと〝我々の文化や風俗〟という点で少々不安が……」
「あぁ……そういった者は魔術や技術の専門家が多く、広く文化や風俗を知悉している訳ではないか」
「幸いにしてまだ幾何かの時がありますので、あちこちに声をかけて探してみようかと」




