第二百三十三章 エルギン 7.ノンヒューム連絡会議事務局~チョコレートとココア~(その3)
「懸案となっている消費期限だが、どうせイラストリアだって自分たちで確認しないと収まらん筈だ。事は国民の健康にも関わる訳だしな」
「「「はぁ……」」」
「確か冷蔵箱開発の時に、国が消費期限の再確認をしたとか言ってなかったか?」
「あ……」
「そう言えば……そんな話も……」
クロウはその噂話を思い出して、そこからこんな腹案を思い付いたらしい。いつもながら、面倒事の回避には才を見せる男である。
「ココアだが、パーティ一回分くらいの量は確保できるんだよな?」
駄目なら自分が錬金術で――とも考えていたクロウであったが、
「パーティの規模にもよりますが……多分」
――どうやらその面倒は避けられたようだ。
「キャプラのミルクは……ギリギリってとこですかね」
「何、年末年始の頃なら、まだ牛乳も少しは手に入るんじゃないのか? 王家の威信ってやつにかけて集めれば」
クロウの知る乳牛の泌乳期間は約三百日。春先に仔牛を出産したなら、十二月~一月はそろそろ泌乳期の終盤にかかる筈。少量の牛乳なら何とか確保できるのではないか。
(まぁ……これは品種改良した乳用牛の場合だが……その辺りは王家に頑張ってもらおう)
クロウの脳裏には、豆乳とかアーモンドミルクなどといった単語も浮かんでいたが、ここでそんな火種を持ち込むつもりなど露ほども無い。今は知らんぷりを決め込むに限る。ミルクに較べると好みが分かれそうな気もするし。
「聞けばモルファンの特使とやらが、イラストリアに派遣されて来たそうじゃないか。王家の新年パーティに招かれるのは確定だろうし、イラストリアがモルファン相手に見栄を張ろうとすれば――」
「あ……」
「その席でココアを出すんじゃないかと……」
「ま、その辺りの判断は王国側に任せるさ。製造から間を置かずに開いたパーティなら、消費期限を気にする必要も無いだろう」
「「成る程」」
「しかし……イラストリアは特使相手にココアを出すでしょうか?」
本命の王女来訪まで秘匿しておくのでは――というトゥバの質問には、
「それは俺たちの知った事じゃない。だが……そうだな、ココアを提供するに際して、一言添えてやるか」
「一言……?」
「添える……?」
「あぁ。然るところから材料を仕入れたので試作してみたが、お国の方々はこれをご存知か? また、舶来品を扱う沿岸国ではどうなのか?――ってな」
「「「あ……」」」
セルマインは未知の食材だと断言していたが、海の向こうの国々ではどうなのかまでは判らない。舶来品としてモルファンに知られている可能性があるのなら、自信満々で王女に供した際に拍子抜けされる危険性も無視できない。それを回避しようと思えば……
「……新年のパーティ辺りで、それとなくモルファンの特使に出して様子を見るのが一番――って訳ですか」
「その結果次第で、こっちの増産計画なんかも修正する必要があるだろう。早く判るに越した事は無いからな」
「「「ははぁ……」」」
毒気を抜かれた体でありながらも納得した様子の三人であったが、ここでココアからチョコレートへと連想が伸びたらしい。数量を揃えるのが難しいのはどちらも同じ。なら、チョコレートも王家へ押し付けるのか?
「まぁ、まだ先の事になるから、今この場で決める必要は無いと思うが……」
クロウとしては、チョコレートもイラストリア王家に押し付けたい様子である。
「どうせチョコレートもココアも、そこまで量を揃えるのは難しいんだ。その状況で一般に公開しても、需要を満たすのはほぼ不可能。どこにどれだけ配っても、貰えなかった者は不満に思うだろうし、あちこちで角が立つのは間違い無い。なら――ババ札は王国に押し付けるのが一番だろう?」
〝ババ札〟というのが何なのかはともかく、クロウが言いたい事は理解も同意もできる三人。
「いっそ、チョコレートとココアは王国の専売にしてしまえばどうかと思ってるんだがな」




