第二百三十三章 エルギン 3.ノンヒューム連絡会議事務局~グラノーラ・バー販売問題~
元々は祭りの出店で売るための駄菓子として作ったものだが、栄養豊富にして携行性も保存性も高いグラノーラ・バーは、冒険者たちが望む携行食の要件を水準以上に満たしていた。唯一の欠点にして美点は味が佳い――と言うか、佳過ぎる――というところで、これがために早々に食べ尽くしてしまい、保存食としての用を為さないという声が多々聞こえてきたという。尤も、この欠点を改良してほしいとの声は、とんと聞こえて来なかったのであるが。
「そんな意見もあるにはあるんですが、それでも恒常的に販売してほしいとの要望が」
「冒険者ギルドから出されていまして」
そんな要望がギルドから出されているという事は、グラノーラ・バー販売を求める声は、ギルドでどうこうできないくらいに高まっていると考えられる。となると連絡会議としても、そう無下に袖にする事はできないだろう。
「しかし……生産の方は大丈夫なのか?」
既に住民からの要求に屈する形で、駄菓子専売の店舗を開く羽目になっているのだ。グラノーラ・バー一品だけとは言え、ここへ新たな生産ラインを設定する余力はあるのか?
「製造現場に問い合わせてみたところ、恒常的な納品は無理だが、間隔を空けて定期的に卸すのなら、できない事も無い――と」
ならばそうするしか無いだろう。幸いにして、冒険者ギルドはグラノーラ・バーを、保存食として求めているらしい。なら、消費期限が切れる頃を見計らって補充してやるようにすれば、どうにか収まるのではないか。
「問題点が二つ。まず、肝心のグラノーラ・バーの消費期限というのが判りません」
「あ……」
「確かめるためには様々な条件で保管しておいて、随時【鑑定】でもかけて品質を確認するしか無いでしょうが……」
「んな悠長な真似が許してもらえる感じじゃねぇんで」
「う~む……」
「二つ目に〝適当な間隔〟というのが曲者でして」
「冒険者ギルドの担当者が言うには、その『間隔』が長過ぎると冒険者たちが感じた場合、買いだめ買い占めに走る可能性が低くない――と」
「う~む……」
途方に暮れたように相談されても、クロウとしても生産量の方を増強するのと、一人当たりの購入個数に制限を付ける事ぐらいしか思い付かない。幸か不幸かリーロットの件はエルギンにも広まっているようだし、無体な真似をする者は出ないだろうと期待するしか無い。
ともあれ、半ばは試験的な意味合いも兼ねて、エルギンでグラノーラ・バーの定期販売が開始される運びとなったのだが……グラノーラ・バーの評判が広がった事で、イラストリア王国がシャルドの防災拠点の備蓄食料として目を付ける事になるのだが……神ならぬ身のクロウたちに、それを予知する事はできないのであった。
「この件ではホルベック卿も頭を痛めておいでのようで」
「ホルベック卿が?」
エルギン領主ホルベック男爵――近々に陞爵の噂がある――はエルギンを治める有能な領主であるが、このところのノンヒュームたちの挙動に振り回されて、頭の痛い日々を送っているという。クロウも連絡会議の面々も、その点については申し訳無く思っているのだが、然りとて自分たちの活動を控える訳にもいかないとあって、負い目を感じる事頻りであった。
何か贈り物でもして心を安んぜられるように――とも考えたのだが、以前にそう思って古酒を贈ったところが、却って卿の心労を増やしたようだし……
「そこで、今回はエルフの一人の発案で、滋養強壮料理のレシピを密かに提供したのですが……」
「この贈り物はご領主のお気に召したようでしてね」
「丁寧な礼状が届きましたよ」
「ほほう……?」
成る程、料理のレシピなら、目立たずそれとなく贈る事も可能だろうし、日頃心労を感じる事の多い身であれば、何より有り難い贈り物かもしれぬ……と、クロウは自分の経験に鑑みて感心する。
そこで、同じく自分の経験に鑑みて、
(それなら……もう一歩進めて、安眠のポプリとかアロマオイルを送るのも良いかもな。玉葱のスライスを枕元に置いても安眠できるとか聞いた事があるが……試してみた事が無いんで、事実かどうかは判らんしな。世間で効果ありと認められている、ポプリやアロマの方が良いだろう。……いや、それくらいの知識ならとっくに知られてるか? ……けどなぁ……アロマオイルとか精油とかってのは蒸溜で作るのが定番なんだが……こっちじゃその蒸溜って手法が一般的じゃなかったみたいだからなぁ……)
暫し考えていたクロウであったが、とりあえずこの件は心に仕舞っておく事にした。
それというのも連絡会議三人衆と話しているうちに、新たな疑念が湧き出してきたからである。




