第二百三十三章 エルギン 1.エルギン到着
――さて、ここからは万事の元凶たるクロウの動きに話を戻そう。
イラストリア国王府内で自分を巡る風向きがおかしな事になっている……などとは想像もしていないクロウ。冬越しのためにバンクスへ向かおうとエッジ村を発ったのが十二月の半ば頃、奇しくもカイトたちがエメン終焉の地に到着したのと同じ日の事であった。
ハンスたちの報告から、シャルドは酷い事になっていると知ったクロウ。そんな鬼門に飛び込むのは真っ平御免とばかりに、今年はシャルドにもその手前のモローにも寄らずに、エルギンから直接バンクスを目指す事にしている。
何しろ、モルファンから留学する王女一行が目指すシャルドは、廃墟から復興したばかりの小さな町である。住居や店舗は言うに及ばず、大人数の生活を支えるための都市インフラが絶対的に不足している。
幸か不幸か、シャルドの遺跡に目の色を変えたノンヒュームたちが大挙して押し寄せたせいで、宿泊関係のインフラだけは否応無く充実したようだが、逆に言えば国内外のノンヒュームたちが、モルファンの王女来訪という状況を忖度してくれるとも思えない。いや寧ろ、見物すべき対象が増えるとして、平時に倍する人数が押し寄せて来てもおかしくない。
それを見越したインフラ整備は大車輪で進められているのだろうし、そのための労働力も国中から掻き集められている筈だ。そんな喧噪……を通り越しての混沌の中へ、誰が態々飛び込んで行くものか。
……いや、シャルドの雪祭りの事を思えば、少し後ろ髪を引かれる思いはあるのだが、現実に宿が取れそうにない以上、行くという選択肢はクロウには無い。日本での経験に鑑みて、初詣に行くのすら億劫なのだ。シャルドで同じ轍を踏むつもりなどさらさら無い。何なら新年祭が終わってから行ってもいいし。
斯くしてクロウは今年の旅では、シャルドを経由せず直接バンクスに向かう事に決めた。今年バンクスから帰って来る時に利用した乗合馬車、あれを使うつもりである。
その乗合馬車の駅があるのはエルギンなので、とにかくそこまでは行かなくてはならない。ノンヒューム連絡会議事務局のお膝元という事で、エルギンもこのところ賑わっているそうだが……これは許容すべきリスクであろう。どうせ連絡会議の面々とは、会って話すべき案件が幾つかあるのだ。これを好機と思うしか無いだろう。
・・・・・・・・・・
――という次第でエルギンを訪れたクロウであったが、予想していた以上の人出に驚かされる事となった。年末という事を考慮に入れても、明らかに前に来た時よりも賑わいが勝っている。はてねと首を傾げたクロウであったが、やがてその理由に思い当たる。
(そう言えば……来年やって来るというモルファンの王女は、ここへも立ち寄るという話だったか……)
未だこの世界の事情には暗いクロウであったが、それでも王族の留学ともなると、それ相応に大仰な行列になるのではないかというくらいの見当は付く。時代劇に出て来る大名行列など、その規模は数千人に及んだともいう。この数は恐らく延べ人数であろうが、王女留学の共揃えが多数に上る事は疑い無い。
……となれば、一行が立ち寄るであろう町の方にも、その人数を受け容れるだけの収容力というものが要求される事になるのは必然である。
恐らくは普通一般の宿場町であれば、どうにか収容はできるのだろうが……事は迎える側の体面にも関わってくる。少しでも見映えを良くしたいというなら、そのための人員や資材が掻き集められるのは当然であった。
『凄ぉく、賑わってますねぇ』
『賑わっていると言うより、ごった返しているな。ここがこんな有様だと、バンクスの方もどうなっているやら……』
『バンクスもですか? マスター』
『あぁ。バンクスはシャルド最寄りの町な上に、王都イラストリアへ行く途中の町でもあるからな。王女が立ち寄るのは覚悟してたんだが……想定以上の騒ぎになってる可能性があるな』
想像するだけで気が滅入ってくるが、バンクス以外に越冬場所の心当たりは無い。どのみちパートリッジ卿やルパ、恐らくはボルトン親方もクロウの到着を待っているだろうし、覚悟を決めてバンクスに向かうしか無いだろう。
『ま、その前にここで連絡会議に顔を出す必要があるんだが』
『あ、ホルンさんたちのところですねぇ』
『あぁ、さすがにあそこはこの騒ぎとは無縁だろうからな』
――甘かった。




