第二百三十二章 巡察隊顛末 14.ヴァザーリ~「コインの洞窟」~
シャノアの言うには、野営地から少し奥に入ったところに、山へ入る小径があるそうだ。山の中に精霊門を開いておけば、仮に目撃されたとしても、〝他所から来てヴァザーリとノンヒュームの確執を知らない冒険者が、何も考えずに山に採集に入った〟のだと誤魔化せるのではないか――というのがシャノアの言い分であった。
『ふむ……ヴァザーリはともかく、隣のリーロットには商人も護衛の冒険者も、引きも切らないという様子らしいからな。そういう事もあるかもしれん』
少し苦しい気もするが、言い包める事も不可能ではなさそうだ。
『で――その山の中に、適地というのはあるのか?』
『うん、洞窟があるの。少し崩れ落ちてるけど』
『洞窟か……』
或る程度の奥行きさえあれば、出入りを誤魔化す事はできそうだ。崩れ落ちているというのが周知の事実なら、態々そこを訪れようという物好きもいまい。
『その洞窟の事だがな、ヴァザーリのやつらには知られているのか? 崩れ落ちているという事が――だが』
『うん、多分。ずっと前にコインみたいなものが見つかって、財宝があるんじゃないかって騒ぎになったそうだから』
『『『『『財宝!?』』』』』
シャルド遺跡の盗品やら船喰み島の海賊の財宝やら赤い崖の遺構やらと、何かと埋蔵物に縁の深いクロウ一味だけに、「財宝」というシャノアの台詞を聞いて色めき立ったのだが、
『あ、でも、探したけど何も出なかったそうよ。抑問題の〝コイン〟っていうのが、実際には〝コインの形をした何か〟だっていうし』
『……どういう事だ?』
シャノアの話によると実際に見つかったのは、コインに似てはいるがコインとして流通したとは思えぬ大きさの何かであったらしい。恐らくは置物の類ではないかと言われているようだが、「装飾品」という話がどこでどう拗くれたものか、「財宝」という話に意訳されたらしい。
埋蔵金の幻に踊らされた者たちが洞窟の中を穿り返したようだが、結局は何も見つけられなかったのだという。ちなみに洞窟の方は、無茶な掘削が祟ったのか、その少し後に崩落したそうだ。
『まぁ、崩れたのは奥の方で、浅い部分はまだ残ってるみたいだけど』
又候崩れたら危険だという事で、住民は近付かなくなっているという。最近ではノンヒュームの逆襲も、山への立ち入り自粛に拍車をかけているようだし。
『ならいいが……それで、抑そこは精霊門を開くに適した立地なのか?』
『うん。放って置いてもそのうち、門を開けるだけの魔力は貯まると思うけど……どれだけかかるか判らないから』
『なら問題無いか』
初期投資だけの問題なら、魔力のごり押しでどうとでもなる……とクロウは考えているが、勿論、そこまでの魔力を注ぎ込めるのはクロウくらいである。
『しかし……「コインのような形のもの」が出土した洞窟か……』
ハンスが知ったら騒ぎ出しそうな話だ。
ハンスには目下休暇を与えているが、船喰み島で見つかった海賊の財宝にのめり込んでいるらしい。それはまぁいいのだが、その財宝もそろそろ仕分けが必要な頃合いだ。さっさとそっちに取りかかってくれないものか――などとクロウは思案を巡らせていたが、クロウとは別の部分に着目した者もいたようだ。
――そう、「コインのような形」という点に食い付いた者が。
『それって、つまり、「銭形洞窟」ですよね!?』
『……あ?』
意表を衝かれてやや呆けていたクロウであったが、その間にもキーンを筆頭とする一派の間で話が弾む。このまま「銭形洞窟」という名前に決まりそうな勢いである。
クロウの断固とした介入で、開設予定の精霊門・兼・ダンジョンは、そのまま「コインの洞窟」という名で呼ばれる事に決まったが……どうせ渾名の方が市民権を得るんだろうな――と、これについては諦め混じりのクロウなのであった。
胡椒が見つかって「胡椒の洞窟」というのも考えたのですが、上手く話を作れませんでした。多分キーンがそこまで食い付かない。あと、うろ憶えですが「ペッパーケイブ」という場所は実在した筈です。どこかの鍾乳洞の内部にあったような気がしますが……




