第二百三十二章 巡察隊顛末 13.ヴァザーリ~野営地と諜報~
交通の要衝であるはずのヴァザーリを前にして、何で野営地などに泊まる者がいるのか。怪訝の念を抱いたクロウであったが、
『前からそうだったみたいよ? 身代の小さな商人とかには、ヴァザーリの宿代は高過ぎるらしくて』
『あぁ……以前は奴隷交易で繁盛してたんだっけな』
成る程、いわゆる観光地価格のようなものか。宿泊客が多いというなら料金を上げて、その分サーヴィスを上乗せした方が利幅が大きかったのだろう――と、クロウは内心で納得する。
『で、そういう商人たちの便宜を考えて、ヴァザーリの住人たちが野営地を整備したみたいなのよね』
『成る程……地域振興策の一環という訳か』
一人旅の旅行者であろうと行商人であろうと、ヴァザーリの町にとってはお客様である。セレブ相手にターゲットを絞った宿屋と違って、食堂に物売り、卸問屋などとしては、そういった商人たちも等閑にはできない訳で、そういった者たちが協力して簡易的な野営地を整備したらしい。そんな簡素な野営地であっても有ると無いとでは大違いな訳で、ヴァザーリに商人を呼び込むための手段として機能していたのだという。
『あと、宿屋自体も減ったみたいよ? クロウがやった夜襲のせいで』
奴隷商人を得意客にしていた宿は、エルフと獣人による第一次ヴァザーリ襲撃戦で損壊し、そのまま廃業したところが多いらしい。ざまぁと感じたクロウであったが、それとは別に物申しておきたい点があった。
『おぃ、妙な言い方をするな。俺が悪戯したのは領主館の方だし、キーンたちがやったのは小火騒ぎだけだ。奴隷商人を討伐して仲間を解放したのはノンヒュームだろう』
『住民たちにとっては同じじゃない。そのせいで住民たちは、今もノンヒュームたちに反感を持ってるみたいよ』
『自業自得ってやつだろうに……とんだ逆恨みだ』
前領主と奴隷商人だけでなく、町を挙げて奴隷狩りと奴隷売買に手を染めていたのがヴァザーリである。ノンヒュームたちの反撃で手痛い打撃を被ったからと言って、文句を垂れるのは筋違いではないか。
ヴァザーリ住人の身勝手さにお冠のクロウであったが、脱線はそれくらいにして本論に立ち返る頃合いだろう。
『ヴァザーリの町がそんな状況だと、迂闊な場所には精霊門を開けんな。大体、精霊たちは大丈夫なのか?』
『精霊たちはノンヒュームと違うって思ってるみたい。勝手な思いこみよね』
何やら思うところがあったらしく、シャノアの口調も辛辣である。
『まぁ、それはともかくとして、精霊門……いや、先に野営地とやらの様子を聞かせてくれ』
シャノアとしては先に精霊門の話を進めたいのが山々であったが、温和しくクロウの要請に従い、野営地の状況を説明する。
『あたしが行ったのはヴァザーリの手前……って言うか東側の野営地ね。野営地自体は西側にもあるみたいなんだけど、そっちはイスラファンの国内になるからか、ヴァザーリとしては整備にタッチしてないみたい』
『ふむ』
野営地に泊まる旅人がそこそこいるせいで、夜営の際の噂話にも花が咲くらしい。精霊たちは気配を消して、その会話を盗み聞きしたようだ。
『クロウが前に話してた諜報トンネル? あれを造ればいいんじゃない?』
『ふむ……しかしそれだと、精霊たちの出入りに不便じゃないのか?』
精霊門を開く場所が野営地の傍というのは、これ以上は無い程に不適当だろう。野営している傍らにヒョコヒョコと精霊が出現したりすれば、善からぬ思いを抱く者も出そうである。
それに、どうせ精霊門を開くというなら、クロウの眷属や配下たちにも使えるようにしておきたい。ダンジョンゲートを開くとしても、野営地の傍では人目があり過ぎる。身体の小さなフェイカーモンスターならいざ知らず、アンデッドたちの出入りは厳しいだろう。
『それは大丈夫。精霊門の場所としての本命は、そこから少し入った場所なのよ』




