第二百三十二章 巡察隊顛末 10.ヴァザーリ~凋落する者たち~
「暫く見ないうちに……」
「あぁ。以前と較べると、酷く寂れた町になったな」
「いやまぁ、宿場町としてはそこそこ栄えてるんだろうけどよ……」
「嘗ての賑わいは見る影も無いわねぇ……」
ヴァザーリの様子を見たカイトたちが口々に呟くように、ヴァザーリの町は昔日の繁栄が嘘のようにひっそり閑としていた。依然として交通の要衝ではあるが、ただそれだけという感じで、どこにでもある平々凡々な宿場町と変じていたのである。
嘗てのヴァザーリを支えていた奴隷売買が廃れてからというもの、町も寂れる一方であった。奴隷交易に依存していただけに、いざ奴隷商人たちが――ノンヒュームの祟りを恐れて――近付かなくなると、他に代替産業が無いヴァザーリの町は衰退するしか無かったのである。
密かに神の使いとも噂されるクリスタルスケルトンドラゴンによる襲撃――一部では「制裁」と呼ばれている――を受けてからというもの、ヤルタ教に対する信頼と支持は、熱が冷めるように退いていった。全ての責任を負う形で当主交代を余儀無くされた伯爵家にも、もはや町を支配する力は無く、嘗てヴァザーリの町で威勢を誇った領主・ヤルタ教・奴隷商人の全てが没落を免れ得なかった。
――その影響は冒険者たちにも及んでいた。
ノンヒュームの力が強まってからというもの、ヴァザーリの冒険者たちが山へ入って狩猟や採集を行なうのも難しくなっていたのである。
嘗てヤルタ教と奴隷商人、ついでに領主のお先棒を担いで獣人たちを襲っていた冒険者たちが、山へ入ったきり消息を絶つという事態が相次いだ。熱り立った冒険者の一部が徒党を組んで山へ入って行ったものの、彼らもやはり戻って来る事は無かった。
元々ヴァザーリの冒険者たちは奴隷商人の護衛を主な仕事としていたが、その肝心の奴隷商人たちがヴァザーリを鬼門と心得て近寄らなくなった事で、彼らの仕事は激減した。
交通の要衝としてのヴァザーリの価値が消えた訳ではないため、奴隷商人以外の商人たちは依然ヴァザーリを訪れるのだから、彼らの護衛にシフトすればよさそうなものだったが……事はそう簡単にはいかなかったのである。
「冒険者の数も減ってるみたいね」
「まぁなぁ……ヴァザーリの冒険者っつったら……」
「『冒険者』とは名ばかりで、要は『奴隷狩り』でしたからねぇ……」
「しかもノンヒュームたちを専門に襲う――な」
「そりゃ、嫌われもするって話だよなぁ」
何しろ今や「ノンヒューム」と言えば、イラストリア王国の繁栄を支える一大勢力と言ってもいい。ビールと砂糖・砂糖菓子を皮切りに、ノンヒュームたちがこの国にもたらした貴重な品々は枚挙に暇が無い。まともな神経を持つ商人なら、そのお零れに与ろうと考えて動くのが当然である。このところ目覚ましい勢いで発展している隣町を見さえすれば、どんなボンクラにも判る事ではないか。
なのに――嘗てノンヒュームたちを虐待していたヴァザーリの冒険者を護衛に雇う? 今になってもノンヒュームへの恨み言を隠さないような危険人物を?
――あり得ない。
護衛に雇うどころか、今や「ヴァザーリの冒険者」というだけで眉を顰められ嫌厭される有様である。立ち行かなくなってヴァザーリの町を出る者、冒険者を廃業する者が後を絶たなかった。
「バレンの町でも冒険者が減ってるそうだが……ヴァザーリはまだマシか?」
「バレンはなぁ……通商路が物理的に遮断されたからなぁ……」
ヴァザーリと同じようにノンヒューム迫害の音頭を取っていたバレンの町は、クロウによる襲撃と通商破壊戦の結果、領都に繋がる幾つもの街道が――崖崩れや橋の崩落などで――封鎖されるという事態に陥っていた。財産も支持も喪った領主とヤルタ教教会にはそれを復旧する力は無く、ノンヒュームたち――或いはそのシンパ――による報復だとの噂が広まった事も事態に拍車をかけて、領都バレンは近隣の経済圏から排除される結果となっていた。
「今やバレンの町は、領都とは名ばかりの廃墟みたいになってるそうですからね」
「ご主人様は『過疎化』って言ってらしたわね」
「それに較べたら、ヴァザーリはまだマシなのか?」
「冒険者の方は商売上がったりだろうけどな」
「ギルド、閉鎖されるんじゃないかって噂ですよ?」
何しろヴァザーリを訪れる――正確には通過する――商人たちは、〝触らぬ神に祟りなし〟とばかりに、他の町で雇った冒険者を引き連れて、そそくさと町を出て行くのである。外貨を稼ぐどころではない。町のインフラ補修など、見習い冒険者がやるような仕事は細々と残っているようだが、中級以上の冒険者が受ける依頼はほぼ無くなっていた。
「ところで……シャノアちゃん遅いわね」
「あまり表に出ない方がいい僕らの代わりに外で訊き込みをしてくるって、勇んで出て行きましたけど……」
「ま、大丈夫だろ。シャノアの嬢ちゃんだって、それなりに場数は踏んでんだ」
「ご主人様が何か色々渡してたみたいだしなぁ……」




