第二百三十二章 巡察隊顛末 8.リーロット(その3)【地図あり】
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嘗てエルギンでは、数十年ぶりに誘致された正規の礼拝所で新年祭の祭典を催した際に、ノンヒュームたちの奮闘――実際にはクロウの入れ知恵が大きかった――によって大混雑を乗り切った経験がある。その貴重なノウハウを教示してもらおうと、振興局はエルギンの連絡会議事務所に三拝九拝して人員を送ってもらっていた。今回の動線設定も、その時の知識と経験に基づいているという。
ともあれ、そういった事情で修道会がリーロットの町に拘束されてしまったせいで、ポイントEまで出向いての下検分などできない状況になっており、前述のようにカイトたちにその皺寄せが行ったという次第なのであった。
「まぁ、それだけでも充分に大変な訳だが……今のリーロットにゃテオドラムからも、人手が入って来てるからなぁ」
国内に森林がほとんど無いテオドラムでは、冒険者の稼ぎとなっているのは隣国の森林に「遠征」しての狩りと、旅の商人の護衛くらいである。ニルの冒険者もその例に漏れず、主な稼ぎ場としていたのはイラストリア王国の森林、「ピット」と呼ばれるダンジョンのある辺りであったのだが……
その「ピット」が急に凶暴化して、ニルの冒険者たちが稼ぎの場を失う事になったのが二年前の夏。そしてその三ヵ月後、中央街道をニルへと向かっていたテオドラム軍の二個大隊が、突如として謎の失踪を遂げたのである(失笑)。
その少し前にシュレクの鉱山がダンジョン化して、そこでドラゴンやワイバーンが目撃されていた事から、二個大隊の消失もそれらモンスターのせいではないかとの噂が流れる。
元々人通りの多くなかったテオドラム中央街道であったが、この噂のせいでめっきりと人通りが途絶える事になった。今やその街道を通る者は、年に数名いるかどうかという有様である。
そのせいで閑古鳥が鳴くようになったニルの町の冒険者ギルドは、状況打開の一策として、このところ発展著しいニルの町に労働力を送り込む事を考えた。冒険者ギルドの思惑としては、ニルの町で生き腐れている冒険者を働かせるというより、他所から集められた労働者たちをリーロットまで送り込む際の護衛をと考えていたようだが、この提案は上層部から一度却下される。ここ暫くのあれやこれやで兵員数に不安を抱えている事もあって、派遣する余剰人員などいないというのがその理由であった。
しかし、この提案はリーロット偵察の口実に使えると考え直したテオドラム上層部は、冒険者の派遣に限ってニルの提案を認める事にした。
計画の修正と縮小を余儀なくせられたニルの冒険者ギルドであったが、今はとにかく仕事が欲しいという事で、所属している冒険者たちにリーロットへの派遣を斡旋する。斯くしてニルの町の冒険者が、リーロットで外貨獲得に邁進する仕儀と相成っていた。
仕事が欲しいニルと労働力が欲しいリーロットは、双方一応満足する結果になったのだが……この成り行きを喜ばない者たちも当然いた。テオドラムの密偵がリーロットを探るのをよしとしない領主とイラストリア王国である。警戒心を強めた彼らが、リーロットの警備という名目で騎士団を派遣したせいで、町の混雑ぶりに拍車が掛かっている……というのが現在の状況なのであった。
「リーロット、イラストリア、それにテオドラムが、虎視眈々と三竦み……って感じよね」
「また、それに巻き込まれた『修道会』の連中が、元はテオドラムの兵隊だからなぁ」
先に述べた「緑の標」修道会の構成員は、クロウ麾下のエルダーアンデッドであるが、更にその出自を辿るなら、〝謎の失踪〟を遂げたテオドラム軍二個大隊からの選抜メンバーである。エルダーアンデッド化に際して容貌などが変わっており、しかも仮面を着けているので、仮令テオドラムの知人であっても、一見しただけでは正体を見抜く事はできない筈である。しかも念の入った事に、こういう任務に就くに当たって腹芸のできる者を選抜――試験官は元・詐欺師のオッド――して任命しているため、身バレの心配はほぼ無いと言えるのだが……
「事実は絵草紙より奇なりっていうか……何とも皮肉な話ですよねぇ」




