第二百三十二章 巡察隊顛末 2.シャルド~帰投スケジュールの決定~【地図あり】
ハンクが広げた地図に見入って旅程を計算する一同。果たしてハンクの言うように、年内にヴィンシュタットまで戻れるかどうか。脳内で計算した感じでは、可能かどうかは微妙なところのような気もするが――
「シャルドからバンクスまで一日、バンクスからサウランドまではざっと十日と見て……」
「サウランドから先はどうすんだ? ピットの手前でテオドラムに入って、ニルからオドラントを通ってヴィンシュタットに行くのと、そのまんま南街道を進んでヴァザーリまで行って、そっからマルクトを通ってヴィンシュタットに戻んのと、ルートは二つあるぜ?」
「うむ……」
御曹司カイトとしてヴィンシュタットに舞い戻るというなら、オドラントからレンヴィルを抜けるルートは寂れ過ぎているかもしれない。苟も貴族の末席を汚す者なら、堂々と大通りを通るべきではないのか? しかしその一方でオドラントは自分たちの拠点の一つ、別けてもハンスの本拠地でもある。こちらに立ち寄る案も捨て難い。
「あ、自分の事はお気になさらず。どうせゲートを使って戻れますから」
「あぁ……その手があったか」
「便利っちゃあ便利だよな」
「まぁ、あたしたちは姿を見せる意味でも、今回その手は使えないけどね」
「だったら、かかる日数で決めますか?」
フレイの提言を受けて、一同額を寄せ集めて所要日を計算してみたのだが、
「……どっちも大して変わりませんね」
「こっからだと、どっちを通っても一月ほどか。年内にゃ帰れそうだな」
「ヴァザーリを通ると少しだけ遠廻りみたいだけど……」
「けどよ、ヴァザーリが今どうなってんのかは能く判ってねぇんだし、それを考えるとこっちもありじゃねぇか?」
ここは上意を伺うべきであろうとの結論に達し、クロウに連絡を取ったところ、特に問題が無いのならヴァザーリとマルクトを視察してくれとの回答があった。
「んじゃ……帰りのルートは決まったとして、ハンスはどこで離脱すんだ?」
「そうですね……元・主計士官として、リーロットの様子は見ておきたいですね。ご面倒でなければ、リーロットまでは乗せていってもらえませんか?」
「あぁ、それは構わない」
「んじゃ、リーロットの先辺りでゲートを使うか?」
「俺たちもその辺りでお貴族様一行に早変わり――って事だな」
「馬車の外見も変えておかなくちゃですね」
「あぁ……それもあったな」
こうして帰りのルートとスケジュールは決まった訳だが、クロウからの指示はもう一つあった。
「ついでにシャルドの様子も見ておいてくれ――か」
「意外なご指示だったわね……」
言うまでも無い事であるが、シャルドの「遺跡」は実はクロウたちが創り上げた贋物である。遺跡の内部には、如何にも途中で建造を中止しましたと言いたげに、未完成な配管らしきものが張り巡らせてあるのだが……実はこれ、遺跡内部に侵入もしくは駐留した者の会話や動きを盗聴するための伝声管であった。
その伝声管が有効に機能した結果、常駐しているハイファの分体と精霊たちの活躍もあって、イラストリア王国の動きやシャルドが置かれた状況について、貴重かつ重要な情報がもたらされていた。
しかし――それは飽くまで伝聞情報でしかない。
人目のあるところで精霊たちが動くのをクロウが厳に禁じている事もあって、噂話以上の情報は入ってこないという……情報源にかなりバイアスのかかった状況となっていたのである。そんなところへ折好くも、ハンスとカイトたちの一行がシャルドを訪れたのだ。折角の好機を逃す手は無い――と、クロウは彼らにシャルドの実地検分を指示したのである。
「まぁ、自分としては大手を振って発掘現場を見られる訳ですから、何の不満もありませんが」
「あぁ、ご主人様も気にしてらしたな、それ」
「『封印遺跡』の実態を知っていると、どうしたって気になるわよねぇ……」
「まぁ、ボロが出るかどうかの瀬戸際……ってまではいかねぇにせよ、黙って見過ごせるような代物じゃねぇしな」
「我々では見たところで何が何やら判らんし、ハンスがいてくれたのは僥倖というやつだろう」
「ははは……自分はそこまでの専門家じゃないんですが……まぁ、精一杯見させて戴きます」
やや引き攣った笑顔でハンスが努力を表明したところで、話はシャルドの現況に移る。




