第二百三十二章 巡察隊顛末 1.シャルド~巡察隊年越し計画~
ここで少しばかり時計の針を巻き戻してみよう。
シャルドへ着いた翌日、カールシン卿が慌ただしくもイラストリア王国軍第一大隊の一個小隊に護衛されて王都へ発つのを見送ったハンスとカイトたちであるが……彼らはこの後の方針を決めかねていた。
「いや、そりゃご主人様のご指示に従うしかないだろ?」
「それは勿論そうなんだがな、その前に俺たちの総意ってやつを纏めておかなくちゃならんだろう」
「ご主人様はお忙しくていらっしゃるし……何より、あたしたちの意向を訊ねてこられるのは間違い無いわよ?」
「あぁー……ご主人様、そういう事は俺たちに丸投げのとこがあるからなぁ……」
良く言えば部下たちの自主性を尊重してその意志を優先する、悪く言えば面倒を丸投げするのがクロウの基本方針である。況して、クロウから言いつかったモルファンの調査――クロウが上陸した事になっているズーゲンハウンからエッジ村までの道筋の状況確認――の任務は一応完了した上に、予てハンスの念願であったロトクリフの見学まで済ませている。もはや思い残す事は無い……ではなくて、当面は行くべきところが無い。この後どうするかと訊かれても、特に答えようが無いのであった。
そして、事態をややこしくしているのはもう一つ、
「もう年の瀬も迫って来てるんだよなぁ……」
「俺たちゃどこで年越しを迎えるんだ?」
――これである。
既にお忘れの向きもあろうかと思うが、カイトは一応訳ありの御曹司という設定になっている。心身の病が高じて問題を起こし、祖国に居づらくなったため、テオドラムの王都ヴィンシュタットに隔離されたという設定であった。そして今は、病状が少し改善したのを機に少しばかり外遊する事になった……という新たな設定の下に、ヴィンシュタットを離れている訳である。
「つまり……このままカイトが姿を消すって訳にゃいかねぇんだな?」
「あぁ。そうするとヴィンシュタットの屋敷を維持する名目が失せる」
「て事ぁ……新年はヴィンシュタットか?」
「そこが少し問題だな。カイトの病状が改善したという口実でヴィンシュタットを出てきた訳だし、マナステラに帰国しているとしてもおかしくは無い。そのままマナステラで新年を……という事になるかどうか。そこのところが能く解らんのだが……」
ハンクの台詞に、一同の視線はマリアとハンスに注がれる。二人は元・貴族である。
「そうね……いえ、カイトが実家を追い出されたのは、病状よりも行状が問題になったからの筈よね? だったら、少しくらい病状が好転しても……」
「カイトさんの〝行状〟がどんなものかは知りませんけど、体面を重んじるご実家なら、呼び戻すのに躊躇する可能性はありますね」
ありもしない〝病状と行状〟をでっち上げられたカイトは憮然たる面持ちであるが、そこはこういう設定なのだからと割り切る事にしたようだ。まぁ、それでも腹立たしいのは事実なのであるが。
「そうすると……年越しはやはりヴィンシュタットか?」
ハンクは徐に地図を取り出すと、ここからヴィンシュタットまでの距離と日数を算定し始める。年内にヴィンシュタットまで戻る事ができるだろうか。
死霊術師シリーズの最新作、「死者の神像」を投稿しています。今回は(一応)密室ものです。宜しければこちらもご笑覧下さい。




