第二百三十一章 折り鶴のメッセージ 20.ヴォルダバン サガンの町 商業ギルド(その4)
「解らんのか? これが単に〝珍しい軽銀細工を手に入れた〟というだけなら、なぜ改めて軽銀を買い漁る必要がある?」
「あ……」
「……言われてみれば、確かにそうだ」
軽銀を集めている理由として真っ先に思い付くのは、何かに使うために必要――という説明であるが、ものは何しろ軽銀である。軟らかいため加工はし易いが、その軟らかさが仇となって、装飾以外の実用性は皆無と目されていた素材なのだ……ここ、サガンの商業ギルド以外では。
「……以前に出た方位磁針の事を憶えているか? あれ自体も大概な品物だったが、何より軽銀製のせいなのか軽かった」
「うむ、殊更に硬さや強さを要求されるのでないなら、軽いというのは無視できん特性だ。しかも加工は容易だろうからな」
自分たちには扱いかねる素材であったが、イラストリアはその技術を手にしたのか?
「しかし……それはどのタイミングでだ? 問題の品を入手する前に加工技術を手にしていたのなら、今回の学院の動きは泥縄に過ぎんか?」
「確かに。動きから判断する限り、アバンで軽銀細工を手に入れたのが切っ掛けのように見える」
「……二人組が手に入れたのは、軽銀細工だけではなかったのかもしれんな」
「……軽銀の加工法も同時に手に入れていたと?」
「寧ろ加工技術の方が本命で、細工物はその物証であったのかもしれん」
「アバンではそんなものまでドロップすると言うのか!?」
「落ち着け。何もドロップ品とは限らん。アバンは隠れ蓑として使われたのかもしれん」
「しかし……そうなると、問題の二人が簡単に【鑑定】に応じたのはなぜか――という疑問が、また蒸し返される事にならんか?」
一段と錯綜の度を極める事態に、職員たちも困惑を隠せない。
「……なおも事態をややこしくするようで気が退けるが……もう一つ指摘しておきたい事がある」
「……聞くのが怖いが……何だ?」
「諸君らは気付いていないのか? 軽銀を何かに利用しようというなら、利用できるだけの量の軽銀が存在していなければならんという事に」
「「「「「あ……」」」」」
衝撃と混乱が大き過ぎたため迂闊にも失念していたが、軽銀と言えば名代の稀少素材ではなかったか? ただでさえ量が少ないそれを、原料とするに充分な量だけ確保した? ……いや、それなら学院が慌てて掻き集めようとしているのはなぜなのか?
「そう言えば……モルファンが何やら策動しているという話もあったな。イラストリアに接近しようとしているとか……」
「あぁ……王女が『学院』に留学するとか何とか……」
ここでも「イラストリア王国王立講学院」の名前が出て来た。一体何が起きているのか。
「……憶測の上に妄想を重ねた、しかも雲を掴むような話だが、然りとて無視するには大き過ぎるな……」
「この上は本腰を入れて情報を集めるしかあるまい」
・・・・・・・・・・
商業ギルドの方針というものは、そのギルドが置かれた状況を反映して、ギルド毎に微妙に異なっている。会員の権利と利益を守る事を本義とするギルドの理念に鑑みれば、それも当然の話である。
そしてイラストリア王国の商業ギルドは、押し並べてノンヒュームに協力的であった。ここ数年の間に彼らノンヒュームがイラストリアにもたらした利益の数々を考えれば、それも当然の事であろう。
別けてもここエルギンでは、ノンヒュームの連絡会議事務所が置かれている上に、古くからノンヒュームたちの往来が盛んであったという土地柄のせいか、商業ギルドはノンヒュームたちと密接かつ融和的な関係を築いていた。
だから……両者の間にこういう会話が交わされる下地はあったのだと言える。
「ヴォルダバンの商業ギルドが?」
「軽銀の事で何やら探っているようです。今のところ動いているのは、ヴォルダバンでもサガンの商業ギルドだけのようですが」
「……ご忠告はありがたいが、このせいで貴方たちの立場が悪くなったりは?」
忠告してくれたのはありがたいが、或る意味で身内を裏切るような行為である。この事でエルギンの商業ギルドに迷惑がかかるのでは――と、心配する連絡会議のメンバーに、商業ギルドの職員は恬として笑う。
「商人というのはそういうものです。お気になさらず」
商人というのは互いに仲間であると同時に、油断できない競争相手でもある。況して、自分たちは〝エルギンの〟商業ギルドなのだ。エルギンの商人たちの、或いはイラストリアの商人たちの利益を考えて動くのは当然ではないか。
連絡会議の男はそういうものかと感心すると同時に、連絡会議としてこの情報をどう活用すべきかを考えていた。
これにて長かった本章も終幕です。




