第二百三十一章 折り鶴のメッセージ 19.ヴォルダバン サガンの町 商業ギルド(その3)
その不穏な報せがサガンの町の商業ギルドに舞い込んで来たのは、〝鑑定文に違和感のあるドロップ品〟の噂が流れてから約一ヵ月後、ギルドの職員がそろそろその噂を忘れようかという頃であった。
「イラストリアの『学院』のドワーフが、軽銀の細工品を探しているだと!?」
他所でなら〝ふーん〟だけで終わりそうなこの話題も、ここサガンの町の商業ギルドでは事情が違っていた。
「軽銀というと……アバンの廃村が絡んでいるのか?」
「あそこからは以前にも、軽銀製の妙な道具が出てるからな……」
以前にも少し触れたと思うが、クロウは以前「間の幻郷」でのドロップ品を何にするか頭を痛めた挙げ句、えぃ面倒なとばかりに百均の店で購入したものをドロップ品にした事がある。その時放出したものの中に、素材の一部にアルミニウムすなわち軽銀を用いたものがあったのである。
その時にドロップ品を得たのが商人であった事から、ここサガンの町の商業ギルドも軽銀製品の事を知るようになり……公表すると面倒臭い事になりかねないとして、この情報を厳重に秘匿していた経緯がある。
そんな彼らにしてみれば、軽銀製というだけで、この通達は警戒されるべきものであった。
そして――「アバン」というキーワードが、一月ほど前に話題に上った面倒な話を思い出させる。
別にこの一ヵ月の間、他にアバンからのドロップ品が無かった訳ではないのだが、鮮明に記憶に残っているものとなると、やはり第一位を占めるのは……
「アバンと言えば……あれは一月ほど前だったか? あの、能く解らない報告があったのは」
「……〝違和感のある鑑定結果〟の件か?」
「いや……しかしこのタイミング……まさか……」
〝違和感のある鑑定結果〟の件は別にしても、アバンから何か得体の知れぬものが出たのが一ヵ月前。それ以前には、特におかしなものがドロップしたという報告は受けていない。そして今、イラストリアの「学院」が、アバンとは因縁浅からぬ「軽銀」を手に入れようとしているらしい。
「共通項と言えば『アバン』だけだぞ?」
「うむ、一ヵ月という間隔も短過ぎはせんか? ここからイラストリアまで行こうとするなら、少なくともその二~三倍はかかるだろう」
実際にダールとクルシャンクがイラストリアを発ってモルヴァニアのカラニガンに辿り着くまで、概ね四ヵ月程かかっている。沿岸国経由で、しかも途中であれこれ訊き込みをしての所要時間であるから、急げばもっと短縮はできるだろうが、さすがに一ヵ月というのは短過ぎるだろう。
「いや……我ながら迂闊だったが、アラドから飛竜が飛び立ったのが目撃されている。例の一件が起きてから十日程後の事だ」
「アラド……モルヴァニアの国境守備隊の駐屯地だな」
「うむ、アバンからなら十日もあれば辿り着けるだろう」
「問題の二人組がイラストリア……とは限らんかもしれんが、どこかの国の手先であったとすると……」
「飛竜を乗り継げば、一月でイラストリアに辿り着く事も……」
「できなくはない――な……」
こうなると、問題の二人組が当日アバンで手に入れたという品が、軽銀である可能性を無視できない。
「……問題の報告を寄越した商人は判っているな? 締め上げてでも詳しい情報を絞り出せ」
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数日後、件の商人からの情報入手に――部分的に――成功したサガン商業ギルドの面々は、うち揃って頭を抱えていた。
「やはり軽銀だったのか……」
「それ以上の仔細は判らなかったが、軽銀製の小間物というだけでも充分だ」
問題の商人は一本筋の通った性格であったのか、具体的な鑑定内容を明かすのは約束に違背するとして頑強に抵抗した。だが、ギルドの方もおいそれと引き下がる訳にはいかない。事はアバンのドロップ品の信用にも関わると言い募り、最後には商業ギルドからの除名までチラつかせて脅す事になった。ここに至って商人も観念したのか、素材が軽銀である事だけは明かしたが、それ以上は頑として黙秘を貫いた。しかも、この強要が引き起こす問題に関しては、全てギルドが責任を持つとの一筆まで入れさせる念の入れようである。筋の通った性格であるのは確からしいが、同時に強かな交渉者でもあったらしい。
「それがどういう経緯で二人組の手に入ったのか、そこまでは判らんと言っていたが……」
「二人組があっさりと【鑑定】に同意したところをみると、入手それ自体は偶然だったのかもしれんな」
「問題はそこではなかろう。恐らく軽銀細工を入手したのはイラストリアだろうが、そのイラストリアが軽銀を集めている……こちらの方が重要だろう」
職員の一人が声を上げるが、他の面々の反応は薄い。そこまで気に病むような事か?




