第二百三十一章 折り鶴のメッセージ 17.ヴォルダバン サガンの町 商業ギルド(その1)
ここで少しばかり時計の針を巻き戻して……ヴォルダバンの商業ギルドを覗いてみよう。
アバンの廃村に立ち寄った商人から、「折り鶴」という稀有なドロップ品――何となく商人たちも、アバンの廃村で得られる「贈りもの」の事をこう呼ぶようになっていた――の事を報告されたのだが……
「鑑定文に違和感のあるドロップ品――と言われてもなぁ……」
ダールとクルシャンクの同意を受けて「折り鶴」を【鑑定】したその商人は、クロウによる改竄の痕跡までは見抜けなかったものの、その文面にはどことなく違和感を覚えていた。
ダールとクルシャンクから口止めされた事もあって、「誰」が「何」を得たのかという事については伏せていたが、違和感の残る鑑定結果については――曖昧かつ秘匿すべき情報であると断りを入れた上で――商業ギルドに伝えていたのである。
その報告を受けたヴォルダバンの商業ギルドも、これが軽々に無視できぬ案件だという事には気付いたものの、では具体的にどうするのかとなると、さっぱり良い知恵が浮かんでこないのであった。
「問題の現物も無いのに、【鑑定】したときの違和感だけでどうこうできる訳も無いだろう」
「それはそうだが……かと言って、黙って見過ごせるような話でもないぞ?」
高位の【鑑定】スキル持ちが他人からの【鑑定】を弾く、或いは一部の情報を隠蔽するという話は聞いた事があるが、物品の鑑定文が何らかの改竄を受けたという話は初耳である。
【鑑定】の結果は商人たちの行動を、延いては物品の流通を左右しかねない重要情報である。そこに何らかの改竄が加えられたというのなら、これは到底無視できる案件ではない。いや、事は商業ギルドだけの話ではなく、下手をすると国際問題にまで発展しかねない。
「アバンの廃村で出た品は、ギルドでも幾つか保管していた筈だな? 【鑑定】はかけ直してみたのか?」
「ギルドきっての【鑑定】使いに頼んでな。文面に特に違和感は感じなかったそうだ」
「いや、抑この話を持ち込んだ商人、彼にしても【鑑定】の上級者という訳ではないのだろう? その程度の【鑑定】で違和感を感じ取れたとするなら、もっと早くに問題になっていた筈だ」
「むぅ……確かに」
「すると……その商人が見たという物品だけが、何かの操作を受けていた訳か?」
「……そうなるとこの違和感の件は、不用意に公表したら大騒ぎになるだけだな」
「情報の真偽を確かめようにも現物が無いんだ。否定も肯定もできん不安が蔓延するだけだろう」
既にアバンから出たものの幾つかは市場に流れている。その評価が怪しいなどとなったら。商業ギルドとして鼎の軽重を問われる事になるだろう。保身とか組織防衛とかを別にしても、徒に社会不安を煽るような真似はできない。確認の方法が無い以上、仄かな疑いだけで警告を出す訳にはいかない。
「それに抑、問題となった工芸品それ自体が、嘗て目にした事の無い代物であったそうではないか」
「報告してきた商人は、持ち主との約束があるからと言って、詳細な情報の開示を拒んでいるが……」
「どうにかして口を割らせる必要があるな」
しかし、報告してきた商人を強制召喚するにも時間がかかる。それまでの間は……
「報告済みの内容だけでも、検討を進めておくか」
「うむ。それがよかろう」
「品物について何も判っていない以上……検討の対象となるのはこの〝二人組〟か」
「個人情報は明かさないんじゃないのか?」
「いや、抑その二人、個人情報など何も漏らさなかったらしい。見事なまでの惚けぶりだな」
――その言葉を聞いて、他の職員たちの雰囲気が変わる。
「言を左右にして、出身などは口にしなかったという事か……」
「場数を踏んだ冒険者か、それとも……そういう訓練を受けていたのか」
「二人のうち片方は、どことなく兵士の雰囲気を纏っていたそうだ」
「兵士?」
「国に雇われた密偵か?」
「そうと断言するのは早い。兵士崩れの冒険者――という線もあるからな」
「だが……単なる冒険者なら気にする必要は無い。問題は、この二人組がどこかの国の手先だった場合。そして――」
「……不可解なドロップ品が、彼らの手に落ちたという事か……」
こうなると、やはりその二人の素性が気になってくる。その二人はなぜアバンの廃村に現れたのか。
「偶然という可能性も無視できんが……何らかの目的を持ってアバンを訪れた――と、考えた方が良さそうだな」
「問題なのは、何者が、何の目的で――というところだろう」
「その二人組の素性だが……アバンの廃村に関心を寄せるとなると……まずは当事国であるここ、ヴォルダバンだな」
「その場合は我々にも、遠からず何かの噂は聞こえて来るだろうし、探りを入れる手立てもあるだろう。問題なのはそうでなかった場合だ」
「他国の密偵だとすると……疑わしいのはまずテオドラム、次いでモルヴァニア辺りか?」
地理的、或いは地政学的な位置関係に鑑みれば、やはり容疑の濃いのは近隣の国である。クロウというファクターを考慮しなければ、イラストリアという名が挙がる筈も無かった。




