第二百三十一章 折り鶴のメッセージ 15.王都イラストリア 王立講学院(その2)
――「軽銀」。この世界におけるアルミニウムの呼称である。
先にも少し触れたが、軽銀ことアルミニウムは、こちらの世界でも地球同様に広く存在する元素である。
ただ、これも地球の場合と同じように、それらの大半は化合物として地殻中に存在しており、単体で存在する事は極めて稀である。アルミニウムの化合物として有名なのはボーキサイトと明礬であるが、こちらの世界でもボーキサイトはともかく、明礬の存在は知られていた。クロウも以前に素材屋で購入したものを、草木染めの媒染剤として使った事がある。
地球では古くから様々な用途に使われてきた明礬であったが、こちらの世界では少しばかり事情が違っていた。魔法技術が発達していたために、明礬の用途の少なからぬ部分が魔法で代行されていたのである。一例を挙げると、今日知られている明礬の用途として制汗剤や消臭剤があるが、これらは【浄化】の魔法でより簡単に代行できたため、明礬を使う理由に乏しかった。
とは言え、色々と用途の多い事もあって、素材屋などには偶さか置いてあり、クロウもそこで購入したものを媒染剤に使っていた。
ただし――この器用貧乏的素材の明礬が軽銀の化合物であるなどとは、夢にも思わない者が大半であった。色も形もまるで違っているではないか。
高レベルの【鑑定】スキルを持つ者は、明礬が軽銀の化合物である事を知っていたが、彼らは彼らでその知識を他へ漏らす事が無かった。
一方で「軽銀」である。
こちらの世界にも単体のアルミニウムは、極稀にではあるが存在する。
白銀色に光り輝くその様から、宝飾品の素材としての価値は認められたものの、実用性に対してはほぼ皆無であろうと目されていた。何しろ軟らかいのである。金属など硬くてナンボと信じる鍛冶師たちにとっては、単なる際物・半端物でしかない。彫金素材としての需要はあれど、それとて量を要するものではない。
絶対量が少ないために素材開発などに廻される事も無く、畢竟、ジュラルミンなどの合金も開発される事が無かった。
斯くして、こちらの世界でも軽銀は、宝飾品としての価値は高いが需要は低いという、或る意味でマニアックな素材と成り果てていた。流通量などほとんど無いも同然である。そんな軽銀を、どうやって手に入れると言うのか。
「鉱物標本としては難しかろうが、宝飾品などに加工されたものなら手に入るのではないか?」
「む……確かにその方が簡単かもしれんの。……しかし、王家は軽銀なぞ何に使うというんじゃ?」
「さて……そこまでは私にも判らんし、仮に判ったとしても口にはできん。ただ、これがあの御仁絡みであるとすると、何らかの使い途があるのだろうよ」
「あんな半端物にのぉ……」
ドワーフも納得しかねる表情であったが、ひょっとしたら自分たちの知らない利用法があるのかもしれぬと、一歩下がって得心する事にしたようだ。だが――
「しかしじゃ、仮にそうじゃとしても、どうやって軽銀を手に入れるつもりなんじゃ?」
前述したとおり、天然の単体軽銀はほとんど存在しない。一部の者たちは明礬が軽銀の化合物である事を知っていたが、有り触れた素材である明礬から稀少な軽銀を取り出す技術は確立されていなかった。何しろアルミニウムの精錬には、電気分解の技術が必須なのだ。魔法頼りのこちらの世界では、確立していない技術である。
いや……厳密に言えば、電気分解を経ずして明礬から軽銀を取り出す方法が、極限られた者たちの間で知られてはいた。ただしそれには途方も無いコストがかかるため、てんで割に合わないとして顧みられていないのが現状である。
「さてな……そこまで我らが気に病む必要は無かろう。我らとしては――」
「ふむ……どうにかして標本を手に入れ、或る程度の試験くらいはやっておくか」
「それくらいが関の山であろうよ」




