第二百三十一章 折り鶴のメッセージ 11.王都イラストリア 国王執務室~折り紙工芸~(その1
「鑑定文からの検討はこれくらいにして、そろそろ現物の方を検討してみませんか?」
鑑定文を眺めてあれこれ評するのにもいい加減飽きが来ていたと見えて、ウォーレン卿の動議は満場一致で採択された。まぁ、満場と言っても他に三人だけなのであるが。
「Ⅹは軽銀というややこしい素材を、こういった工芸品として渡してきた訳です。その意味についてですが……」
「「「ふむ……」」」
ウォーレン卿の口調が尻窄みになるのも、それは致し方の無い事であろう。ウォーレン卿とて貴族の流れに連なる者ではあるが、現職は王国軍第一大隊の副官。もうバリッバリの軍人である。こういった繊細な美術工芸品、しかもこれまで目にした事が無いような代物に関する知見はそこまで深くはない。
「何を考えてんだかⅩの野郎、細工物を四つも寄越しやがったからな。しかも、ご丁寧に全部違った形ときてやがる」
ただの折り鶴を渡すだけでは芸が無いとでも思ったのか、クロウは無駄に器用な部分を発揮して、基本形の他に更に三種類もの鶴を折っていた。
すなわち、基本形の鶴より尾羽の部分が太く、翼に扇のような折り目を付けた「折羽鶴」。尾羽の部分がさながら孔雀のように広がった形の「祝い鶴」。更には、切れ目を入れた長方形の紙で折る事によって、二羽の鶴が翼の片方を共有するような形に繋がった「妹背山」の三種類である。
しかも、妙なところで凝り性なクロウは、態々「妹背山」を折る時に一手間かけて、左右の鶴それぞれが表裏異なる色になるように工夫していた。素から本体と尾羽が異なる色になる「祝い鶴」と併せて、この二体はツートンカラーになっていたのであった。
「……けど、あれだよな。俺たちゃ鑑定文に『鳥』って書いてあるのを知ってるからそう呼んでるんだが……パッと見ただけじゃ飛竜だよな」
「うち一つは双頭の飛竜ですからねぇ……」
「まぁ、勇ましくて好いではないか」
夫婦和合の象徴である「比翼の鳥」。それを象った「妹背山」であるが、こちらの世界では「双頭のワイバーン」と認識されたようだ。ワイバーン嫌いのクロウが聞いたら立腹するかもしれない。
「話を戻しますが……あのⅩがこういう細工物にして送って寄越した以上、そこにも何らかの意図があると考えられます」
――クロウの主観では、「当たり障りの無い挨拶」のつもりであった。……実際には〝当たり障りの無い〟どころではなかった訳だが。
「素材となっている軽銀については、遺憾ながら今の我々の手には些か余ります。言い換えると、即時の活用ができません。しかし、この工芸技術は違います」
「元々は紙っぺらを折って作るもんみてぇだしな。……ウォーレン、一体何を考えてる?」
「いえ……紙一枚を折るだけで立体を造形する、この技術は他国にとっても目新しいものではないかと愚考するのですが?」
「他国?」
「――モルファンの歓迎パーティか!?」
北の大国モルファンからの王女留学を控えたイラストリア王国にとって、彼らの歓迎パーティは頭の痛い問題で……正確には問題の一つであった。
言葉の端々から、モルファンが望んでいるのはノンヒュームとの友誼を結ぶ事だと判っている。それはいい。エルギンにあるノンヒュームの連絡会議事務所に――然るべき立場の者が――頭を下げる事になるかもしれないが、間を取り持つ事ぐらいはできるだろう。寧ろ地味に問題なのは、モルファンの歓迎パーティなのである。




