第二百三十一章 折り鶴のメッセージ 8.王都イラストリア 国王執務室~空白の語るもの~(その1)
「文面から消された部分……だぁ?」
こいつは何を言ってるんだという表情で、副官であるウォーレン卿を睨め付けるローバー将軍。消された部分をどうやって読もうというのか? そういう魔術でも心得ているのか?
「いえ、そういう訳ではありませんが、前後関係から何か読み取れないかと思いまして。……正直、あまり期待はかけていませんが、今は少しでも情報を拾い出す事を優先してはと愚考しまして」
しれっとした顔でそう述べ立てるウォーレン卿。言われてみればそのとおりで、今は爪の垢程度の情報でも欲しい。雀の涙程の可能性でもあるのなら、試してみるのもいいではないか。
「んじゃ……宰相閣下、学院の【鑑定】結果ってやつをここに出しちゃもらえませんかね」
「うむ」
重々しくそう頷いて、宰相が学院による鑑定結果を机上に広げる。見較べたところ四つの鑑定文それぞれに違いはあるが、内容は大同小異である。なら、今はそれら個々の違いを論議するより、一つを例として吟味した方が良いだろう。
……という事で、先程から眺めている鑑定文をそのまま検討する事にした。
「……削除されたと覚しき箇所は全部で五つ。とりあえず、最初から順番に番号を振っておきましょう」
そう言って番号を振った鑑定文が、以下に示すものである。
《( ① )一枚の紙を折る事によって鳥の形を造形した縁起物。( ② )表裏で色の異なる紙を用いる事で、本体と尾羽の部分が異なる配色になるように工夫してある。
( ③ )本来は正方形の紙一枚を折って、切る事も貼る事も無く作るものであるが、これは( ④ )軽銀( ⑤ )の薄い板を折って作られている。表裏に異なる着色が為されているため、本体と尾羽の部分で配色が異なるようにできている》
ここでは読者の便宜を考えて、クロウが手を加える前の鑑定文も併記しておこう。
《[①イワイヅル:]一枚の紙を折る事によって鳥の形を造形した縁起物。[②形状的にはツルと呼ばれる鳥とは程遠いが、この種の伝統的な折り紙にオリヅルがあり、それに肖ってツルの名を冠したと思われる。]表裏で色の異なる紙を用いる事で、本体と尾羽の部分が異なる配色になるように工夫してある。
[③オリガミは異世界チキュウ、就中ニホンと呼ばれる地に伝わる伝承遊芸の一つで、]本来は正方形の紙一枚を折って、切る事も貼る事も無く作るものであるが、これは[④こちらの世界では]軽銀[⑤と呼ばれる金属――異世界チキュウでアルミニウムと呼ばれる――]の薄い板を折って作られている。表裏に異なる着色が為されているため、本体と尾羽の部分で配色が異なるようにできている》
「さて……ご要望の試料ってやつが出てきた訳だが……王国の剃刀殿はこいつをどう料理しようってんだ?」
「考え方としては二つあると思います。まずは文章の前後関係から、空白部分に何が書いてあったのかを推し量るというもの。もう一つはⅩの立場や思惑から、何を隠したのかを推測するというものです」
揶揄するような将軍の質問に、真面目腐った様子で答えたウォーレン卿。その答を聞いたローバー将軍は、面白くもなさそうに空欄付きの文面を眺めていたが、その表情が苦さの度合いを増した。嫌な思い出でもあったのだろうか。
(「……幼年学校の試験を思い出しますな」)
(「……余計な事を思い出させるでないわ、イシャライア」)
空欄のある文章という体裁から、幼年学校での試験問題を思い出したらしい。ちなみに、将軍と国王は幼馴染みにして、士官学校の同期でもある。〝嫌な思い出〟というものも共有しているらしく、互いにそっちの話で盛り上がっていく。まぁ、軽い現実逃避である。
そんな二人を放っておく形で、ウォーレン卿と宰相は件の問題文……ではなく、鑑定文に目を凝らしていく。
「いきなり冒頭から削除の痕があるようじゃが……この部分は〝一枚の紙〟の説明があったのかの?」
「前後関係からはそうも思えますが、鑑定文の定型を考えると、鑑定対象の名前ではないかと」
「ふむ……名前か……」




