第二百三十一章 折り鶴のメッセージ 5.王都イラストリア 国王執務室~軽銀問題~(その2)
これが金だとか銀だとか……或いは、百歩譲ってミスリルであったとかいうのなら、まだしも何らかの理由がこじつけられるだろう。
しかし、今回送られてきたのは「軽銀」。世に二つと無いであろう金属の加工品であり……言い換えるなら、その利用法も確立していない金属なのである。
いや、正確に言えばクロウたちがでっち上げたシャルドの「遺跡」内に、オーパーツとしてアルミの小皿を残してはあるのだが、あれとて実際にはフェイクである以上、精錬法も利用法も確立していない事に違いは無い。
「稀少価値と……恐らくは工芸品的な価値も高いであろうが……」
「素材としての価値はまるで判りませぬな」
「んな訳の判らんもんを、どうしろってんですかね。Ⅹのやつぁ」
クロウとしては、挨拶以上の価値は無いもの、つまりは毒にも薬にもならないものとして折り鶴を渡したつもりであったのだが……惜しむらくは素材がそれに相応しくはなかった。どこに出しても物議を醸す事請け合いという代物であったため、斯様な騒ぎになっているのであった。
「素材としての軽銀を供給する用意がある……そう言いたいんでしょうか?」
「しかし……軽銀なんぞ何に利用できるのじゃ?」
「その答がコレなんじゃねぇですかい? 薄い紙っぺらみてぇにして、あちらさんは何に使ってるのやら」
どうにもⅩの真意が掴みかねて困惑する四人組。
……「真意」など無いのだから当たり前である。
「……やはり解らぬな。Ⅹはなぜこの技術を我々に提示してきた? 我々に必要なものと考えての事か?」
……いつの間にかⅩがアルミ技術を提供するような話になっている。クロウが聞いたらさだめし仰天するであろう。
「今の儂らの手にゃ余る技術……どう考えてもそうとしか思えねぇんですがね」
途方に暮れたようにそう言い募るローバー将軍に、これも途方に暮れたような顔で同意する宰相と国王。国を挙げて取り組むというのならまだしも、そんな真似をすれば大陸中を噂が駆け巡る事になるだろう。Ⅹがそれを望んでいるとも思えない。
「じゃが……あの思慮深い――註.宰相視点――Ⅹが、何の意味も無くこういうものを送ってくるとも思えまい?」
「単に見せびらかしてるだけ……って事ぁ考えにくいですな。何せ、相手はあのⅩだ」
「……我々の手でどうにかできると判断しての事か?」
半信半疑……ではなく、八割五分程は「疑」に傾いたような声色で国王が問いかけるが、他の三人も微妙かつ複雑な表情を浮かべるばかり。
「さて……軽銀の精錬法や加工法が判らぬ以上、何とも答えようがありませぬが……」
「シャルドの『遺跡』からは軽銀の遺物が出たと聞いておるが?」
「現物だけが出たって、その造り方が判ってなけりゃどうにもなりませんや」
「未だに精錬の方法が明らかになっていない――という事は、従来の技術では精錬できないという事でしょう。であるならば、精錬一つを取っても、新たな設備の建造から始めなくてはなりません。加工に至っては言わずもがなです」
「そんくれぇはⅩにも判ってるだろう……って事ぁ……」
「ええ。少なくとも軽銀の精錬を我々に委ねる意図は無いでしょう。加工については……」
言葉を続けようとしたウォーレン卿が、何かに気付いたように言葉尻を濁す……ではなくて消す。……好くない兆候である。
「……おぃ、ウォーレン……今度ぁ何を考えた?」
こういう時のウォーレン卿は、善かれ悪しかれ――七分方は後者――何かに気付いている。そして――それは大抵の場合、他の三人の心労の種となるのである。
「いえ……加工の事を考えていて思い付きました」
〝そっかー……思い付いちゃったかぁー〟と、本音では言いたい三人であったが、その思いを苦心して飲み下し、
「……何を思い付いたというのじゃな?」
これも職務とばかりに悲壮な決意を胸に秘め、宰相が代表して問いを発した。




