第二百三十一章 折り鶴のメッセージ 4.王都イラストリア 国王執務室~軽銀問題~(その1)
「どう考えるべきなんですかね、こぃつは」
ウンザリとした思いを隠そうともせずにぼやくローバー将軍に、こちらも負けじとウンザリした声で宰相が応じる。
「……学院の魔術師が看破した限りでは、鑑定文の一部を削除した痕跡はあるが、書き換えたような痕跡は認められぬそうじゃ」
「そりゃまた、何とも励みになるお言葉で」
ウンザリはするが、放置できない案件であるのも事実。今は学院の証言を――何でそういう事が判るのかはさて措き――是として、問題に取り組むべきだろう。
「まずは……削除されずに残っている文面から検討を始めましょう。最初に気になるのは?」
「そりゃ何たって『軽銀』ってとこだろうぜ」
軽銀。二十一世紀地球風に言えばアルミニウムである。
地球の場合と同様に、こちらでも広範に存在する元素でありながら、精錬や加工の方法が知られていないため、「素材」として扱われる事はほぼ絶無という代物であった。
しかるにⅩは、どういう手管を用いたものかそれを精錬しただけでなく――紙かと見紛うほどに薄く、しかも均一な厚さに延ばした上に、ご丁寧にも裏と表で違う色に塗り分けてみせた。「隔絶」という形容すら烏滸がましいまでの技術格差である……と、ここにいる面々は考えていた。
それ自体は間違いではないのだが……実は、こちらの世界でもアルミニウム製品が出廻っていない訳ではない。その元凶もクロウである。
嘗て「間の幻郷」でのドロップ品を何にするか頭を痛めたクロウは、とりあえずの場繋ぎのつもりで、日本の店で購入した方位磁針や虫眼鏡などをドロップさせた事がある。そこはクロウも一応は用心して、プラスチックやビニールなどの素材は避けたのだが……迂闊にも素材の一部がアルミニウムであったのを見過ごしていた。
そのせいで密かに大問題になっていたのだが、幸か不幸か関係者たちが厳重な情報秘匿を決め込んだために、イラストリアはこの件を掴んでいなかったのであった。
なので、軽銀製品の存在など露ほども存ぜぬローバー将軍の台詞は、
「……てか、『鑑定文』にゃそうなってんでしょうけどね、こいつぁ本当に軽銀なんで?」
出発点の情報が間違っていたら、導き出される結果だって正しいものにはならない。ローバー将軍が懸念するのも当然であった――の・だ・が……
「……さての。【鑑定】では間違い無く『軽銀』となっておるそうじゃ。錬金術の業を用いて確かめる術もあるそうじゃが……そのためには一部を切り取る必要があるそうでな」
「そりゃ……おいそれと許可できませんな」
将軍の言葉に力無く頷く宰相と国王。どちらも途方に暮れたような顔付きである。
「……これが真実軽銀製であるのなら、或いはこの世に二つと無い品なのかもしれぬ。……Ⅹの手許を除いてな。ならば、それを軽々しく傷付けるような真似を許す訳にはいかぬ。……況して、Ⅹがこれを如何なる狙いで贈って寄越したのかが判らぬ」
「あぁ……友好の証だったとか何とか、いちゃもんを付けられたら面倒ですな」
国王の台詞に頷く将軍。為政者としてはその可能性も頭に入れておくべきだろう。政治の世界に於いては能く使われる手管でもあるし。
それに――と、将軍は密かに考える。
そういった可能性を別にしても、この細工物は見事な出来映えだ。傷付けるのが惜しくなるくらいには。
「まぁ……とりあえずコレは軽銀製だという事で話を進めましょう。でないと話が進みませんし、Ⅹが偽情報を送ってくる理由も無いでしょうから」
――シャルドの「遺跡」の事を知っていたら、そうとも言えないと思うが。
「んじゃ、こいつが間違い無く軽銀だったとして……Ⅹの野郎はまた何で、こんなもんを送って寄越しやがったんだ?」




