第二百三十一章 折り鶴のメッセージ 2.王都イラストリア 王国軍第一大隊~不運者たちの愚痴と回想~(その2)【地図あり】
実は……モルヴァニアの監視砦からそのまま飛竜で「災厄の岩窟」のマーカス陣地まで乗り付ける――という案も捨てがたいのではないかと、上層部では大分議論になったらしい。しかし、あまりテオドラムを刺戟し過ぎるのもどうかという意見が大勢を占めた結果、今回は温和しく「災厄の岩窟」を迂回して、マーカスの王都マイカールに立ち寄るというルートに決まったという事情があった。
なお、ここまでの決定に、ダールとクルシャンクの意見は一切反映されていない……どころか訊かれもしなかった。全ては〝高度に政治的な判断〟の結果である。まぁ、仮に訊かれても返答に窮したであろう事は、想像に難くないのだが。
舞台裏の事情はともかくとして、モルヴァニアの監視砦を発ってから三日後に、生まれて初めてマーカスの王都マイカールに足を踏み入れたダールとクルシャンク。もはやどうにでもなれという捨て鉢な気分になってはいたが、そんな二人の心情を蔑ろにして事態は進む。モルヴァニアでは――日程の都合から――辺境の砦でカービッド将軍と対面しただけで済んだが、ここマーカスでは王都のど真ん中で――非公式かつ密かにではあるが――軍務と外務の次官級のお偉いさんと面談という事態に相成った。
どうもマーカスやモルヴァニアとしては、同じテオドラムに含むところのある者同士という事で、イラストリアと友誼を結びたい狙いがあるらしい。生憎イラストリアはマーカスともモルヴァニアとも国境を接していないので、今回の件は両国首脳部にとって渡りに船の好機であったようだ。勿論イラストリアの側もそれは同じで、丁度好い位置にいた二人がダシに使われた……というのが今回の真相――少なくともその一面――なのであった。
斯くして王都マイカールの某所で、監視砦での遣り取りが再演される事になったのだが……
「……え? モルファンが?」
「うむ。如何せん、イラストリアとマーカスは些か距離があるのでな。詳しい事は判っておらぬのだが……モルファンとイラストリアとの間に、何やら約定が結ばれたらしい。王族が留学して来るとの噂もあるようだが……其方らは何か存じてはおらぬかな?」
さすがにモルヴァニアよりもイラストリアに近いだけあって、マーカスはモルファン王女の留学の噂を掴んでいた。まぁ、エルギンやらバンクスやらで散々口の端に上っているだろうから、探り出すのは大して難しくもなかったであろうが……それでも、カールシン卿が王都イラストリアに到着したのと奇しくも同じ日に、王女留学に関する情報がマーカスの王都マイカールにまで届いているのだから、マーカス情報部の力量侮るべからずである。いや……カールシン卿がエルギンを訪れてから数えると二週間になるから、そこまで驚異的ではないとも言えるが。
ともあれ、祖国を遠く離れて活動していたダールとクルシャンクにとっては寝耳に水の話であり、その事はマーカスの高官にも察し得たようである。
お蔭でそっち方面の追及は免れ得たものの、代わりに〝なぜ急遽帰国の途に就いているのか〟を追及される事になった。まぁ、これはモルヴァニアの時と同じであり、今回もその時と同じような答弁をして、同じように納得してもらったのだが。
翌朝、解放されたダールとクルシャンクが、今度はマーカスの飛竜に乗って空の客となり、サウランドに到着したのが二日後の事。ここでマーカスの飛竜に別れを告げた二人は、サウランドの衛兵詰め所で一夜を明かした後に、又候飛竜――今度はイラストリア王国軍所属の個体――に乗って、翌日にはシアカスターの町に着いた。
この後も空の旅が続くのかと諦めていた二人であったが……豈図らんや、既に王都に到着しているカールシン卿と、そろそろ王都に着くであろう卿の使用人たち――なぜ別行動をしているのかは不明(笑)――の目に留まらないように、ここからは高速馬車を仕立てて王都イラストリアを目指すという。
そうして、長旅の締め括りを馬車の旅で終えた二人が王都に帰り着いたのが、シアカスターを出て三日目の事であった。
そんな苦労をして帰国したというのに、原隊復帰早々に労いの言葉一つも無く、アバンでの件について報告書と証拠品の提出を求められれば、そりゃ文句の一つも言いたくなるだろう。まぁ報告書については、軍歴の長いダールが――こういう事もあろうかと――予め用意しておいたのだが。
「けっっ! これで応分の手当ってやつが無きゃあ、俺ぁ上官殿にだって噛み付いてやるぜ!」
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当然、あの強かなウォーレン卿がそんな手抜かりをする筈が無く、二人には二週間の完全休暇と特別報奨金およびビールの特配、それに加えて給与等級のアップが提示された。
一転してご機嫌のクルシャンクであったが……彼は気付いていなかった。給与等級のアップというのは実質的に昇級であり、それはつまり機密情報取扱資格の昇格を意味する事……言い換えれば、より面倒でデリケートな案件を押し付けられる布石だという事に。




