第二章 外へ 4.準備
異世界人とのファーストコンタクトに際して、主人公が色々と考えます。
『と、言うわけだ。年寄りの知恵ってやつを貸してくれ』
『ふぅむ……異国風に見られるのは承知の上となると、どこの国かという事になるのう。じゃが、隣国ぐらいではどこを選んでも、お主の異質さを誤魔化しきれんぞ』
『ならもっと遠くの、海を渡った先の国という事にでもするか』
『そんな遠国の人間が、何のためにこの国に来たと説明する気じゃ?』
『そうさな、物好きな貴族相手に旅行記を売りつけているってのはどうだ? この国の出版事情は知らんが、貴族相手なら印刷じゃなくて手書きの写本でもおかしくないだろう?』
『印刷というとあれか、版木で同じものを何枚も刷るやつじゃな』
『ん? この国じゃ活字印刷はまだなのか?』
爺さまが活字とは何だと聞くので説明してやったが、そんなものは初耳だという。少なくともこの国では活字は普及してないらしい。
『旅行記の見本を見せろと言われたらどうする気じゃ?』
『手書き写本なんか準備できないからなぁ。古書を買って持って行くわけにもいかんし、プリントアウトを製本したものを見せるしかないか。母国では活字印刷が普及していると答えたらどうかな』
『活字云々がばれた時点で拘束の上、昼夜を分かたず訊問じゃな』
『やっぱりそうなるか?』
『おぅさ。この国で普及しておらん先進技術を持つ国の情報なぞ、国家的最重要課題じゃ。貴族だろうが商人だろうが、手放すわけがないわい』
『活字印刷そのもの以上に、国の情報を知りたがるか……』
『ますたぁ、流れ者の薬師はぁ?』
『いや、俺、薬草の事なんか知らんぞ?』
『治療を頼まれたりしたら面倒ですな』
『さっきの設定を流用して、母国の薬師に異国の薬草について調べるよう頼まれた、という事にしてはどうじゃ?』
『そういえば主様、絵をお描きになるのが上手でした』
『あ~、動植物のスケッチはそこそこ経験あるからなぁ。人間のスケッチは自信ないけど』
人間相手だと、髪はもう少し多い筈だの、頬がふっくらし過ぎだの、目尻の皺を消せだの、一々注文がうるさいんだよ。
『それでよいじゃろう。土産話と言っておけば、風俗や国情について聞くのもそれほどおかしくはなかろうて』
『でもマスター、スケッチ、でしたか? その見本を見せろって言われたら、どうします?』
『この国にはやって来たばかりだから、適当にスケッチが少ないとか何とか言って誤魔化すさ』
『どの道を……通ってきた事に……するのですか? 通ってきた国の……薬草の絵を……見せろと……言われるのでは?』
『う~んと……どう誤魔化せば……』
『前の国で行商人に託して母国へ送ったというのはどうですかな。旅先で何かあった場合の保険として、ある程度まとまった時点で送るというのは、それらしくありませんかな?』
『それだな、スレイ。その説明でいこう』
『あっ、でも、マスター、薬草に詳しくないという設定なんですよね? 薬草かどうか見分けるためのお手本が要るんじゃないですか?』
『う~ん……仕方ない、地球の薬草のスケッチを準備しておこう。図鑑か何か描き写せばいいだろう』
『ご主人様の世界だと…紙の質が…上質過ぎは……しませんか?』
あ……。
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結局、低品質の再生紙――昔わら半紙と呼んでいたもの――を入手して、それらしいスケッチをでっち上げるのに時間を取られた。少し折ったり擦ったりして、くたびれた感を出しておくのも忘れない。
道筋についても適当な話をでっち上げておく。西の国から山越えをして辿り着いた事にしておこう。
服装は多少異国風でもいいだろうと、木綿のワーキングウェアにする。靴については、こっちの革靴は上等に過ぎて不自然だと言う事で、ワークブーツのようなものにする。武器は小綺麗なナイフではなく、もっと無骨な剣鉈だ。水筒や堅焼きのパンなどの小物も、不自然でない程度に準備する。
いざ、出陣!
明日からは新しい章に入ります。ついに異世界の人間とコンタクトする予定です。




