第二百三十一章 折り鶴のメッセージ 1.王都イラストリア 王国軍第一大隊~不運者たちの愚痴と回想~(その1)【地図あり】
本章も少々長丁場になりますが、最後まで宜しくお付き合い下さい。
「全く上のお偉方ときたら……俺たちみてぇな下っ端の事なんざ、気にも留めてねぇに決まってらぁ」
ここは王都イラストリアの第一大隊詰め所の一室。そこで力無く毒を吐いているのは、いつの間にやら帰国したらしい貧乏籤コンビの片割れクルシャンクである。
仮にも職場で公然と上層部批判をやらかすからには、それ相応の目に遭ってきたのに違いない。
例えば――往きには四ヵ月以上かかったアバンから、僅か一月足らずで帰国するような無茶振りとか。
「まぁそう言うなクルシャンク、お蔭で新年をイラストリアで迎えられそうな気配じゃないか」
そして、この推測を裏書きするかのように、相方たるダールの口から漏れたのも、上層部批判を咎める言葉ではなく、単にクルシャンクの憤懣を宥める言葉であった。口には出さないがダールの方も、今回の件では上層部に対して思うところがあるらしい。
「まぁ……そりゃそうだがよ……けど、幾ら何でもあの大車輪は酷ぇんじゃねぇか?」
「まぁ……確かに目の回るような半月ではあったな」
何しろアバンの廃村で折り鶴の件を報告したところ、直ちに帰国しろとの命令である。仮想敵国の領土を突っ切って帰れと言うのかと思えば、そうではなくてモルヴァニアを目指せとの指示。訳が解らないまま、後の事は追々指示するという言葉を頼みにモルヴァニアを目指す事にした訳だが……
〝アバンで暫く待っていれば、モルヴァニアへ向かう商人に出会すかもしれんが……〟
上手くすれば馬車でモルヴァニアに向かえるんじゃないかと考えるダールであったが、
〝けどよ、上からの指示にゃ「至急」とあったんだろ? ここでのんべんだらりと待ってたんじゃ、お叱りを被るんじゃねぇのか?〟
〝……だな〟
――という相談の結果、徒歩でモルヴァニアを目指した訳だが……不運な事にモルヴァニアへ行く商人には出会さず(モルヴァニアからアバンを目指す商人には何度か出会した)、そのまま九日間歩き詰めでモルヴァニア国境を越える羽目になったのである。
これだけでも大変そうに聞こえるが……本当に大変な目に遭ったのはそれからであった。
本国からの指示どおり、モルヴァニア国境守備隊の駐屯地に向かったところ、訳知り顔の守備隊長から準備は全て整っていると告げられ……訳の解らないままに翌朝飛竜で向かった先が、何とシュレクの真っ正面、モルヴァニアの国境監視砦であった。
アラドの国境監視部隊駐屯地を飛び立ってから二日後、ダールとクルシャンクを乗せた飛竜は、シュレクの後背でこちらを窺っているであろうテオドラムの監視部隊に見せ付けるかのように、悠々と砦に着陸した。
そして――何の心の準備も無いままに、一介の下っ端を自認するダールとクルシャンクは、モルヴァニア王国が誇る歴戦の名将カービッド将軍と対面する羽目になったのであった。
「……あん時ゃ本当に往生したぜ。こっちゃ何が何だか解らねぇってのに、いきなりモルヴァニアのお偉いさんと面突き合わせる羽目になったんだからよ」
本国の上層部からは例の如く涼しい声で、〝誰かに何か訊かれたら、シェイカー討伐戦の情報を急ぎ持ち帰れとだけ指示されている。詳しい事は知らされていない〟と答えるように。必要と判断したら、シェイカー討伐戦の情報については適宜明かしてもよい――との指示を受けていたが……まさかその〝誰か〟が、モルヴァニアの将軍閣下だとは聞かされていなかった。
この時は心底上司を呪ったダールであったが、そこは叩き上げの下士官らしく、内心の葛藤はおくびにも出さないで、ただ恐縮した様子でウォーレン卿の指示どおりに振る舞う。何しろ詳しい事情を知らないのも、将軍相手に気後れしているのも事実なので、ボロを出さずにカービッド将軍との対面――二人の心境的には訊問――を終える事ができた。
そこからどこへ向かうのかと不安に囚われていた二人であったが、彼らが密かに危惧していたように「災厄の岩窟」に向かうのではなく、穏便にマーカスの王都マイカールに向かう事になった。尤も二人の胸中は、平穏とは到底言いかねるものであったが。




