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第二百三十章 王都イラストリア 3.イラストリア王城 国王執務室

「そいつはまた……特使殿も(えら)くぶっちゃけてくれたもんですね」



 謁見を追えて執務室に引き揚げてきた国王と宰相・外務卿の三人を、他ならぬ国王執務室で待ち受けていたのはローバー将軍とウォーレン卿であった。

 その二人に先程までの顛末(てんまつ)を説明したところで、妙に感心した口調のローバー将軍から寄せられたコメントが、冒頭に掲げたものだったのである。



「一応国書には、もう少し(もっと)もらしい事が書いてあったのだがな」



 カールシン卿に先立ってイラストリアを訪れた使節団が携えてきた国書には、このところのノンヒュームたちの活溌な活動に(かんが)み、モルファンとしても彼らとの友誼の確立が喫緊(きっきん)の課題だと考えている事、にも(かか)わらずモルファン国内にはノンヒュームたちがほとんどいないため、親愛なる隣国イラストリアの協力を切望している事、モルファンとしては何よりもノンヒュームたちとの付き合い方を学びたい事……などが切々と書かれていた。



「まぁ……恐らくはそっちの方も、単なる建前(たてまえ)ではないと思いますが」

「ここんとこノンヒュームのやつらは、今までとは違った動きを見せてくれてるからな。モルファンとしても看過はできねぇって事なんだろうよ」

「それも正確に言えば、我が国のノンヒュームたちが――ですからね」



 ウォーレン卿の言うとおり、イラストリア国内のノンヒュームたちは、数年前からこれまでとは違った動きを見せている。獣人・エルフ・ドワーフなどという種族的な(くく)りではなく、自ら「ノンヒューム」という新たな(くく)りを設けて、協調的に動こうとしているのだ。それはこれまでには見られなかった、そして他国の「ノンヒューム」にも見られなかった目新しい動きであり、モルファンならずとも目を留めるであろう動きであった。

 ()してそれ以来、(くだん)の「ノンヒューム」たちが次々と技術革新というかパラダイムシフトというかを成し遂げているとあっては、各国が彼らとの付き合い方を学びたいと熱望するのも当然であった。


 そして――新たな動きを見せ始めた「ノンヒューム」たちとの間に接点を持たない国々が、判で押したようにイラストリアに仲介を求めるのも、当然と言えば当然の流れであった。



「ただなぁ……自分たちの(ケツ)をこっちに持って来られてもなぁ……」



 ところもあろうに国王の執務室で、上品とは言いかねる言葉で嘆息するローバー将軍であったが、それを(とが)める者はこの場にいなかった。全員が全身で全面的な同意を示していたのである。


 イラストリアに在住する「ノンヒューム」たちが中心となって、恐らくは歴史に残りそうな大転換を進めているのは事実だが……イラストリア王国はそれに何も関与していない。全ては自分たちの知らないところで決められ、そして進められたのだ。

 十中八九まではあの「Ⅹ」が関与しているだろうが、モルファンにであれどこであれ、そこまで踏み込んだ情報を与える訳にはいかない。第一、全ては憶測に過ぎないのだ。「Ⅹ」との直接交渉どころか、正体すら判っていない――実際には既にウォーレン卿他二名が、「Ⅹ」ことクロウと対面しているのだが――のが現状である。



「こっちゃ(てえ)した伝手(つて)も持ってねぇってのに……ノンヒュームの連中との仲介を頼まれたってなぁ……」



 ノンヒュームたちがイラストリアの希望に応えてくれているのは、彼らなりの罪悪感とでもいうのか……面倒をかけているという自覚はあるらしい。その負い目に付け込むような真似をしているのが、一同がどうにも落ち着かない理由であった。



「とは言え……今回はそのノンヒュームたちの菓子店のお蔭で、上手いところへ落ち着いてくれそうな気配だがな」

「まさか菓子店の有無が選定の決め手になるとは……不肖このマルシングも思い至りませんでしたな」



 外務を預かるマルシング卿も、さすがに憮然とした表情を隠さない。彼の経歴は(おろ)か、王国の歴史……いや、大陸の歴史を(ひもと)いてみても、前代(ぜんだい)()(もん)の話ではなかろうか。



「それはまぁ……ノンヒュームの菓子店そのものが、前代(ぜんだい)()(もん)の代物ですから」

「……ともあれ今後はシアカスターが、新たな手札として使えるようになった訳じゃ。そう考えると、(あなが)ち悪い話でもなかろうが」

「まぁ……その点は確かですが……」



 確かに手札としては使えるだろうが、それをどう「外交」の中に滑り込ませるか。

 何しろ外交というものは、体面(たいめん)体裁(ていさい)建前(たてまえ)といったもので動いていると言ってもよい。(しか)るに古酒や砂糖菓子は、()わば本音の部分に属する要素だ。儀礼が幅を利かせる外交の席で、無遠慮に切れる手札ではない。


 ――そんな事を考えていたマルシング卿の耳に、宰相の(つぶや)きが忍び込んできた。



「そう言えば……マーヴィックが面白い事を言うておったな。……何でも、エルギンやシアカスターの土地代が値上がりしておるとか……」

「マーヴィック卿が?」



 土地の賃貸や売買は商取引の(はん)(ちゅう)であり、それ故に商務を預かるマーヴィック卿の耳に入ったらしい。のみならず、この時はその地名が問題であった。



「……ノンヒュームか?」

「他に理由は無いでしょう。エルギンには連絡会議の事務局が、シアカスターには菓子店があるんです」

「うむ。その二ヵ所だけでなく、サウランドやリーロット、バンクスの地価も上がっておるとの話であった」

「サウランドにリーロット、バンクスか……」

(いず)れもノンヒュームたちが祭の出店を出している町ですね。あぁ、バンクスには『幻の革』の取扱店もありましたっけ」



 ノンヒュームたちの商業活動は、ついにイラストリアの地価を変動させるところにまで行ったらしい。



「……ってぇか、年に二回しきゃ無ぇ出店のために地価が上がるってなぁ、こりゃ問題ってやつじゃねぇんですかぃ?」

「そうは言うても、正当な理由も無しに、国や王家が介入する訳にもいかんじゃろうが?」

「まぁ確かに、ノンヒュームたちの胸三寸で土地の値段が変わるというのは……」



 居並ぶ全員が困惑の表情を浮かべたところで、ローバー将軍が全員の思いを代弁した。



「……ったく……次の出店があるってんなら、事前に相談してほしいもんだぜ」



 一同無言で深く(うなず)いたのだが――



「……リーロットと言やぁ、確か近くにおかしなやつらが居着いてたな?」

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