第二百三十章 王都イラストリア 2.カールシン卿の謁見(その2)
話を聞かされたイラストリア側も、内心で頭を痛めていた。
仮にもモルファン特使という体面もあるだろうし、特使公邸としてそれなりの広さの屋敷を手配していたが……お供の人数を考えると、少しばかり狭いかもしれぬ。
そして更なる問題は、来年に決まったモルファン王女来訪時にも、恐らくは今回以上の人数が随行してくるであろうという事で……
「お恥ずかしい話ですが我が国においては、お国の名声は高まる一方でして……こちらに赴任するためなら、多少の無理はごり押しする――と考えている者が多いのです」
ほとんど現在進行形でその迸りを受けているカールシン卿の台詞には、単なる言葉以上の重みがあった。ちなみに、その〝重み〟の別名を「鬱憤」と言う。
「わが国の王都モルトランとこちらの距離が災いして、持ち込まれた品々のほぼ全てが、王都へ届く遙か前に買い尽くされてしまいますから」
評判だけは届くのに、肝心の現物は影も形も掴めない状況なのです――と、モルファンが抱える事情を説明するカールシン卿。宰相と外務卿――ついでに国王――も、このカミングアウトには唖然とした表情を隠せない。
「……つまり……その……来年、王女殿下がお見えになる際には……」
「恐らくですが、供回りの数は過去最大級になるかと」
国王の御幸と同等、ないしはそれ以上の数に膨れ上がっても驚きません――と言い切られて、カールシン卿の面前であるにも拘わらず、思わず頭を抱える国王たち。これが両国にとって重大なイベントである事は承知しているが、少しはこちらの事情も忖度してほしい。
――宰相たちの困惑には理由がある。
イラストリアとモルファン両国の親善と友好のために、年端もいかないモルファンの王女殿下が、故国を離れて遙々異国に留学するというのだ。受け容れる側のイラストリアとしても、最大限の便宜を図って然るべきである。……具体的には住居の手配とかで。
さて、王女一行が居を構えるであろう王都イラストリアは、それなりに長い歴史を持つ古都である。それ故に、王都内には大小様々な家屋敷が立ち並んでおり……早い話が、モルファン王族のためと雖も、あまり広大な空き屋敷や空き地を用意するのは難しいのであった。
王家が有する離宮の一つをそれに充てて……などと宰相が悩んでいたところ、凶報(笑)を持ち込んできたカールシン卿本人から、それに対する献策があった。
〝これは万一の場合の策……と言うよりは取り越し苦労ですが〟――そう前置きしてカールシン卿が提案した策は、イラストリア側にとっては予想外のものであった。
「シアカスターに公邸を?」
「王都ではなくて?」
こういう場合の慣例であれば、王都内の一等地に公邸を用意するのが常である。……そう、〝慣例であれば〟。
「ですが――恐らく王女殿下に付き従って来る者の大半は、お国の甘味や酒に目が眩んだ亡者ども。であれば、ノンヒュームの砂糖菓子店があるシアカスターなら、やつらも文句は言わないでしょう」
「しかし……よいのか? シアカスターは王都を守る要所ではあるが……」
王女を軽んじたなどと思われては心外千万――と言いたげに問い返した国王であったが、カールシン卿はその懸念を鎧袖一触に切り捨てる。冷遇どころか厚遇されたと感じる筈だ――と。
「ですが……この件は極秘にしておきませんと、本国のやつらが何をしでかすか……」
さすがにカールシン卿としても、モルファン最上層部に報告しないというのは拙いだろうが、そこから他へは漏れないように釘を刺しておかねばならない。然もなくば、甘味の殿堂シアカスターに滞在できると知った本国の亡者どもが、どんな挙に出るか知れたものではない。
カールシン卿の懸念はイラストリア側にも充分理解できたため、この件は極秘裏に手配される事に決定したのであった。




