第二百二十九章 イスラファン南街道安全保証計画 9.過去からの保証
自分たちの持つ〝資産〟を振り返った結果、資金と人手の二大要素に不安を抱えている事が判ったクロウたち。採り得る手段は謀略のみ――となったのだが……謀略という事であれば、エメンとオッドという稀代の人材を揃えているのがクロウたちである。
それを踏まえた上で、キーンの提案を見直してみたところが……
『〝正義の味方〟に〝黒幕〟を倒させ、それを周知させるという方針はいいんだ。問題なのは、それを実行するに当たっての手間暇な訳だが……』
軽く考えても、役者の選定と起用・移動・本番・公開、ついでに宣伝――と、大作映画の製作・公開かと突っ込みたくなるような面倒が目白押しなのだ。マネーパワーとマンパワーに不安を抱えるクロウたちにとって、敷居が高いのは間違い無い。
しかし――ここに贋作者と詐欺師という要素を加えるとどうなるか?
『どうなるのよ?』
『シャノア……少しは自分の頭を使う事を憶えたらどうだ?』
『失礼ね、ちゃんと使ってるわよ。だけど……今は手早く話を進めた方が良いんじゃないの?』
シャノアの切り返しにジト目で応じるクロウであったが、ここで掛け合いに時間を取られるのは愚策だと結論づけたらしい。
『……簡単に言ってしまうとな、そういった「聖戦」があったのは過去の事だとして、その記録だけを公開する……という手が取れるんじゃないかと思ってな』
エメンが創り上げた「古文書」を、ノックスが表に流れ出るように画策する。……成る程。手持ちの〝資産〟で賄えそうな上に、充分な効果も期待できそうだ。少なくとも、どこにいるのかも判らない、〝軽いおつむ〟のカール・ルイ・オルトゥーム某を探して連れて来るよりは、成功の目は大きいだろう。
この策の何より良いところは、七面倒な悪役退治のアレコレを全て、〝大昔に終わった事〟として扱えるという点にある。汗水垂らして手配の労を執る必要も無く、古文書一つをでっち上げるだけでそれが回避できるというのなら……成る程、これは考えてみる必要がありそうだ。
『まぁ、オッドと……それに何よりエメンには面倒を押し付ける事になるが……』
『とんでもありやせん。こんな面白ぇ話を持ち込んで下さるたぁ、さすがにボスは解ってらっしゃる』
『全くです。ここ暫くは地道な調べ物ばかりで、詐欺師としての腕が夜泣きしていたところ。精一杯楽しませてもらいます』
欺瞞作戦の実務を執る二人が嬉々として賛成した事で、「イスラファン南街道安全保証作戦」の基本方針が定まった。
『じゃが……問題の古文書とやらは、どうでっち上げるつもりじゃ?』
残された唯一の問題に対して、精霊樹の爺さまが懸念を口にするが、
『問題無い。これでも俺の本職は作家だからな。手記の内容をドラマチックにでっち上げるのはお手のものだ』
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数日後、ヤシュリクの町のとある好事家が、新たに手に入れた古文書を読み解くのに夢中になっていた。
それはベジン村――このところ怪異の初発地として名を上げている――の裏手にある山崩れ跡地から出たという触れ込みの品で、無学な旅人が持ち込んだものをただ同然の捨て値で買い叩いた、文字どおりの〝掘り出しもの〟であった。
油紙で幾重にも包まれていたというその古文書は、厳重な包装のせいか朽ち果てる事も無く旧態を留めていたが、中に書いてある内容からすると、優に三百年は前のものだと思われた。
そして……そこに書いてあった内容は、それが真実であるとするならば、ベジン村に出現した怪異の正体を、遺漏も矛盾も無く説明できるものであった。
その内容を要約すると――
・嘗てこの世界に邪神が降臨して世界を滅ぼしかけたが、記録者の親友が刺し違える形で邪神を斃した。
・邪神の穢れが世界に災いをなすのを防ぐため、土地神や精霊たちが邪神の斃された場所を封印した。
・その後土地神や精霊たちは、自ら封印の中にその身を沈め、邪神が復活しないかどうか監視する任務に就いた。
・今より三百年のうちに邪神が目覚める事無くば、封印は解けて監視役の土地神や精霊たちが姿を現すであろう。彼らがその姿を見せる事は、邪神の復活が無くなったという証である。
解読した内容に驚喜したその好事家は、古文書に書かれてあった内容を広く世間に知らしめた。
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好事家の許に古文書を持ち込んだ〝無学な旅人〟が、生前はオッドという名で知られていた凄腕の詐欺師である事も、件の古文書が稀代の贋作者として知られるエメンの手になるものだという事も、その好事家の知るところではなかった。
これにて、「正義の味方作戦」の表版は一応終了です。裏版の開始はもう少しお待ち下さい。




