第二百二十九章 イスラファン南街道安全保証計画 5.偽りのヒーロー(その3)
『正義の味方をやらせるのに向いた馬鹿の心当たりっすか……』
『いつもながら意表を衝いたお話ですね……』
魂消たような疲れたような口調で詠嘆するのはカイトとダバル。口に出していないだけで、他の面々も同じような心境なのは疑いない。
自分たちの主君が規格外なのにも、ダンジョンロードらしからぬ振る舞い――事ある毎に眷属会議を招集して部下の意見を訊くとか――にも大分慣れはしたが、それでも毎度の議題には驚かされっぱなしである。先日の「百鬼夜行」も大概な話だと思ったが、今度はそれに輪をかけて突飛な議題が飛び出して来た。……「正義の味方」とは一体何だ?
『まぁ……色々と言いたい事もあるだろうが……正直、他に巧い手が思い付かなかった。代案があるなら出してくれ。遠慮はいらんぞ』
……と言われても、直ぐに対案など思い付けるものではない。と言うか、そう簡単に代案が出て来るようなら、こうして自分たちが招集されている訳が無い。難題奇題だからこそ、眷属会議が招集されたのだろう。
『と言うか……「正義の味方」というのが茶番なだけで、要は大衆操作の一種ですな』
『あぁ、言われてみれば確かに……』
『劇場型の宣伝戦ですね』
素早く問題の本質を見抜いたらしきネスの指摘に、ペーターとクリスマスシティーの軍人コンビも納得顔である。
『納得してくれたところで、改めて訊きたい。主役に相応しい馬鹿の心当たりはあるか?』
『『『『『う~ん……』』』』』
何しろこちらの思惑どおりに踊ってくれて、なおかつやり過ぎないという、絶妙な兼ね合いが要求される人事である。簡単なようで難しい要求であった。
『馬鹿の心当たりっていうんならありやすが……』
『丁度上手い具合の馬鹿っていうと……』
冒険者稼業の長いニールたちや、念話で参加しているカイトたちも困惑の体である。記憶を辿ってみたところで、思い浮かぶのは〝帯に短し襷に長し〟という顔ぶればかり。手頃な人材というのは中々いないものだ。
事情を明かさず無自覚のままに協力させるというのが難しいのかもしれないが、事情を聴いてなお協力してくれそうな当てとなると、更にハードルが高くなる。
『……やっぱり為人が判っていない冒険者を起用するのは、リスクが大きくないですか?』
『陛下がアンデッド化して下されば、大丈夫なんじゃない?』
『いや、その場合どこで始末するんだよ? こっちのダンジョンには入ってこれないだろ?』
『あ……探し廻る手間がかかるのか……』
――というスリーピースの会話が、問題の全てを言い尽くしていそうな気がする。
眷属一同がどうしたものかと困惑している中、こちらはシャルドに滞在中のカイトたちである。
「……よぉマリア、さっきから様子がおかしいけどよ……何か悪いもんでも食ったのか?」
〝出すんなら早いとこ出しちまった方が良いぞ〟……と言いかけたカイトに裏拳を叩き込んだ後、はぁと溜め息を吐いた後で、
「実は……ご主人様の言われる〝馬鹿〟に、心当たりが無いでもないのよね……」




