第二百二十九章 イスラファン南街道安全保証計画 3.偽りのヒーロー(その1)
地球産サブカルによる精神汚染が進み過ぎたのか、常日頃からアレな言動の目立つキーンであったが、さすがに〝正義の味方〟というのは行き過ぎだろう。何しろついこの前までは〝世界征服を目論む悪の秘密結社〟を標榜していたのだから、掌返しもここまで来れば立派である。
ダンジョンマジックに部下の「再教育」とか「洗脳」とか「調教」とか「初期化」などのスキルがあっただろうか――と、割と真剣に悩み始めたクロウであったが……意外にもキーンの提案には、それなりに確りとした根拠があった。
キーンの主張を要約すると、次のようなものになる。
イスラファンにおける混乱を収束させるために自分たちがクリアーすべき要件は、
①イスラファン南街道は安全であるという証拠を用意する事。
②イスラファンの騒ぎにダンジョンが関与していないという証拠を用意する事。
③それらを疑いの無い形で周知させる事。
――の三つ。
ここまではクロウの主張と同じであるが、キーンの提案はそこから一歩踏み込んだものとなっていた。
自分たちの目的を達成するには、このうち①②の結論を巷間に広めてやればよい。
ここで問題となってくるのが、上記①②の主張にどうやって説得力を与えるかという事になる。まさかダンジョンマスター当人が公然と姿を現して、街道の安全性を保証する訳にもいかないのだから、説得力のある代弁者を手配する事になるだろう。クロウの思案ではここがネックになっていた。
しかし――キーンの発想はここからが違う。
一般民衆に①②を伝え、それを信じさせるのが難しいのなら、民衆をして①②の結論に至らしめてやればいい――というのである。
そして、それを実現する具体的な方法というのが……
『一連の怪異をダンジョンでない何者かのせいにして、でっち上げたそれを大っぴらに退治する、またはさせるというのか……』
『はい! 怪人の最期は爆発というのは、特撮番組のお約束的展開ですよね!?』
爆煙に紛れての撤退となれば、マナステラに開設予定のダンジョンで、モンスターを撤収させる時の練習にもなる。そう言われてしまえば、言下に退けるのも難しい。
『う~む……方向性としてはあり得る……のか?』
段々と自分がおかしな方向に突っ走っている自覚はあるが、他に良案も無い事とて、もう少しキーンの提案を聞いてみる事にする。
『……それで、誰に退治させるんだ? カイトという訳にはいかんぞ?』
元・勇者のカイトには打って付けの役柄だろうが、今のカイトには〝少し訳有りの貴族子弟〟という役を割り振っている。ここで目立つ真似を演じさせるのは、先の事を考えた場合は色々と拙い。
『言っておくがノックスたちも駄目だ。「緑の標」修道会は飽くまで緑化を目的とした集団であって、魔物退治なんかは標榜させていないからな』
修道会の名を売る事に貢献はするだろうが、名の売り方の方向性が違う。教団の目的や意義について、妙な誤解をされたら堪ったものではない。
――かと言って、
『そこらから適当なやつを拾ってきてやらせるのもどうかと思うぞ? ぽっと出の、何の後ろ盾も裏付けも無い者が、いきなり正義のヒーローぶっても通らんだろう』
鼻先で笑われて、黙殺されるのが落ちだろう。
『む~……難しいですか』
『さっき言ってた〝権威〟っていうのが必要な訳? クロウ』
折良く口を挟んだシャノアに一つ頷いて、
『まぁ、そういう事だな。……それを踏まえた上で、丁度好い具合に踊ってくれそうなやつに心当たりはあるか?』




