第二百二十九章 イスラファン南街道安全保証計画 1.悪魔の不在証明(その1)
章タイトル、慣用なら「安全保障」とすべきでしょうが、内容的に「保証」の方が適切に思えたので。
ダンジョン内における鉱物変成の可能性やら迷姫リスベットの「還らずの迷宮」侵入やらで、このところ何かと慌ただしい日々を送っているクロウであるが、多忙な中にも念頭を去らない懸念があった。「百鬼夜行」の風評被害でめっきり通行量が減っていると聞いた、イスラファン南街道の件である。あの一件はあれからどう転がって行ったのか。その後の顛末を少しばかり追ってみる事にしよう。
ナイハルの町でスキットルが、金貸したちを前にして怨霊の可能性を否定した後、イスラファン王国の依頼を受けた冒険者たちがダンジョンの可能性を調査して、その懸念は無用であるとの結論を下した。イスラファンの上層部がそれらの調査結果を公表した事で、ベジン村からガット村にかけての範囲で発生した怪異は既に終熄している事、その正体は今も不明ながら、少なくとも怨霊でもダンジョンでもない事、よって街道の通行には支障が無い事――などが周知される運びとなった。
〝怪異〟自体は一貫して南街道を避けていたように見える事もあって、及び腰であった行商人なども――ぼつぼつとではあるが――南街道に戻ってきており、遠からず元の賑わいを取り戻すであろうと目されていた。
……というような事情に疎い者たちが、彼らなりに現在の状況を憂慮して、事態を打開しようと動き出した。
言わずと知れたクロウ一味である。
・・・・・・・・・・
『……という訳で、イスラファン南街道の悪評をどうやって払拭するか、諸君らの知恵に期待したい』
『そんな事まであたしたちがやらなきゃならないの? クロウ』
その気持ちは解るがな、シャノア。
『ヤシュリクを通る街道が不振になると、代わりにアムルファンからテオドラムに抜けるルートが賑わう事になるんだぞ? そんな事になったら業腹だろうが』
全く……ヤルタ教のやつらを少し懲らしめたら、今度はテオドラムがお零れを頂戴しようとしゃしゃり出て来るのか。どうにも始末に負えんやつらだ。
『それは……確かに腹が立つわね』
――ヤルタ教もテオドラムもそんなつもりは無かったであろうが、時系列で見るとそういう流れに見えるのも事実である。
『それでなくても――だ、糞忌々しいナイハルの金貸しどもが、あの辺りにダンジョンがあるなどと騒ぎ立てているんだ。イスラファンのためとは言わず我が身のためにも、ダンジョンなど無い事を証明しなくちゃならん』
『けど……本当はあるのよね?』
『ダンジョンって言うか……ベジン村の裏側に精霊門がありますよね。「朽ち果て小屋」』
『ネジド村の奥にも「隠者の洞窟」がありますしね』
事実に反するじゃないかと言わんばかりに、シャノアのやつがジト目を向けてくるが……事実かどうかなど問題じゃない。俺とイスラファンの平穏のためには、ダンジョンなど無いという事を〝証明〟する必要があるんだよ。
『……ベジン村やネジド村の傍に、何があるかなど問題じゃない。優先順位を間違えるな。要はイスラファンの南街道に危険が無いと証明する事――これが必要という事だ』
『実情とは異なるものを差し出して、それを〝証明〟というつもりか、お主は』
精霊樹の爺さまは不服そうだが、論理的に導かれたものなら、それを〝証明〟と言って何が悪い。それが正しいかどうかは別の問題だろうが。それに第一――
『南街道沿いにダンジョンが無いのは事実だろうが』
爺さまたちのイチャモンをやや強引に封じ込めて、さっさとこの話題にけりを付ける。本命の議題はその先なんだからな。
全く……ダンジョンや危険が〝無い〟事を証明しろだなんて……とんだ「悪魔の証明」じゃないか。面倒な事になったもんだ。




