第二百二十八章 モルファン王女留学問題~波紋さまざま~ 8.カールシン卿&カルコ(その4)
モルファン国民の酒に関する嗜好は単純明快であり、基本的に度数の高い酒を有り難がる傾向にある。ノンヒュームたちが新奇な酒を開発中というのは有り難い話なのだが、それがモルファン国民の好みに合った〝強い酒〟なのどうかは別問題である。子供が好きそうな甘ったるい酒という可能性もあるではないか。
「いえ、ドワーフたちが納得しているようですから、それなりに酒精の強い酒ではないでしょうか」
「ふむ……そう言えばそうか」
何しろ、この件に関するノンヒュームたちの情報管制は厳重を極めており、あれ以降はパッタリと噂が途絶えてしまっている。肚を括ったカルコが単刀直入に問い合わせたりもしたみたのだが、要領を得ない答しか返ってこなかったのである。
「……ちょっと待て。〝単刀直入に問い合わせた〟というのはどこにだ? 学院のノンヒュームたちと、そこまで深い友誼を結べたというのか?」
先程はうっかり――と言うか、他に訊くべき事が多過ぎて――訊きそびれていたが、カルコがどこにどれだけの伝手を築いているのかという事も、カールシン卿が確認しておくべき案件であった。イラストリアの最高学府たる王立講学院に、或いはそこに勤務するノンヒュームとの間に、そこまで緊密な伝手を結べているのだとすれば……
「あぁいえ、これは言葉が足りませんで。自分の言ったのはシアカスターの砂糖菓子店、『コンフィズリー アンバー』の店員の事です」
「砂糖菓子店?」
予想外のカミングアウトに面喰らった表情のカールシン卿であったが、カルコの方は気にする様子も無く言葉を続ける。
「砂糖と糖蜜の供給量をそれとなく調べろ――という指示が自分に出ているのは、卿もご存知だと思いますが?」
「うむ……そう言えば確かに」
シュガートレントから砂糖を採る時に、副産物として得られる糖蜜。独特の風味があるそれが「コンフィズリー アンバー」に置かれていたのを、前回派遣された使節団が持ち帰った事で、未知の製糖作物の存在がモルファンの知るところとなった。可能な限りその正体を探れとの指令がカルコに下っているのは、カールシン卿も聞かされている。
「その情報収集のために、『コンフィズリー アンバー』に入り浸っている訳か……」
本国で教えられたプロフィールでは、甘いものは苦手な左党であったと聞いているが、そんな身では砂糖菓子店詣でをするのも一苦労だろう――と同情的な視線を向けたカールシン卿であったが……
(……何だ? 僅かに目の色が揺らいだようだが……?)
一般人には気付けないほどの表情の揺らぎであったが、経験豊富なカールシン卿の目を欺く事はできなかった。一体何を隠しているのだと問い詰められたカルコが、観念した様子で明らかにしたのは、
「何……? 酒のアテに……?」
「はぁ……自分も最初は半信半疑でしたが……店員に勧められて試してみたところ……これが中々……」
フルーツの砂糖漬けや黒砂糖が、存外に辛口の酒に合うという事実であった。
一応本国への報告には滑り込ませたものの、その後の詳細な追跡調査(笑)による(つまみとしての)適合性――クロウなら「マリアージュ」と呼ぶかもしれない――についての報告は控えていたのである。
「……ご報告すべきかどうか迷ったのですが、現時点では自分一人の好みの問題でしかありませんし、確証のある情報とは言えないと思い……」
言い訳臭いのは事実だが、一応の筋は通っている。不確実な情報を報告するのは諜報員として褒められた事ではない――とも言えないと思うが、確度の高い情報を上げる事が推奨されるのは事実――という言い分は説得力があったし、仮に報告されたとしても、本国でもその扱いに困っただろう。現状ではカルコ一人の感想でしかないのだ。
それなら――
「事例数が少なくて確度に問題があると言うなら、事例数を増やしてやろうではないか」
――一人よりは二人の方が良いに決まっている。
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後日「コンフィズリー アンバー」に、とある筋から砂糖漬けの注文が出されたという。




