第二百二十八章 モルファン王女留学問題~波紋さまざま~ 7.カールシン卿&カルコ(その3)
「あと、先程も話に出たエルギンですが……あの町の賑わいには、ノンヒューム以外の要因も絡んでいるようでして」
「あぁ。第一次の使節団から話は聞いている。何でも、エッジ村とかいうところの染め物が、貴族連中も目を瞠る出来映えだとか?」
「ご存知でしたか? 生憎と自分は噂でしか知りませんが」
「使節団が帰りにエルギンの領主殿に面会してな。その際に領主殿の奥方とご令嬢が、やつらに目を剥かせるような見事な衣装を身に纏っていたそうだ」
「それはそれは……それでは、丸玉とやらの事もお聞き及びで?」
「いや……そっちは初耳だが……丸玉?」
今やモルファン随一の事情通となったカルコの口から語られた情報は、カールシン卿をして頭を抱えさせるに充分なものであった。ノンヒュームだけでも重大案件なのに、それに匹敵する重要性を持つ村が、エルギン領内に存在すると言うのか?
「……王女殿下ご一行が王都に滞在するだけでは……足りぬか?」
「可能ならば、エルギンの町にも誰かを派遣しておくのが上策かと」
「しかし……どういう口実で派遣する? 我が国がイラストリア国内の一男爵領と友誼を結ぶとなると……あちこちで妙な動きをする者が出かねんぞ?」
イラストリア王国と、延いてはそこに住まうノンヒュームたちと友誼を結びたいというのに、その両者の感情を逆撫でしかねない結果となる。密偵を派遣するという手はあるが、それだとモルファン側から能動的に動く事が難しい。
「……やはり、あれか? 王国と友誼を深めた後に、ノンヒュームとの伝手を斡旋してもらい、そこから連絡会議事務局とやらがあるエルギンに……という流れか?」
「迂遠に思われるかもしれませんが、現状ではそれが最善策かと。……我々の息のかかった商人を送り込むという手もありますが……」
「うむ……問題が微妙に過ぎて、我々の判断には余るな。この件は上に押し付けよう」
「正しいご判断かと……」
その後は、ノンヒュームと事を構えたバレンやヴァザーリ、ヤルタ教の凋落ぶり、ヴァザーリに代わって発展し始めたリーロットという町について、噂に聞く五月祭や新年祭でのノンヒューム無双……などのネタが話題に上り、
「そう言えば……今更の観があるが、イラストリアの気候とかはどうなのだ? また、この町の住み心地とかは?」
来年に王女一行を迎えるに当たって、本来なら最初に確認しておくべき事項であった。それが後回しになった事には、内心で忸怩たる想いもあるが――全てはこれノンヒュームのせいである。
内心で開き直って問い質すカールシン卿であったが、カルコによれば特に問題は無いだろうとの事であった。尤も、
「善くも悪しくも、ここは祖国モルファンより暖かいですから、その分だけ食品の傷みも早い。それは心得ておかれるべきかと」
「成る程。……念のために、薬は多めに持って来させよう。できればマジックバッグも」
「それが宜しいかと」
訊くべき事は一渡り訊き終えたと判断したカールシン卿は、最後に、或る意味で最も重要な問いを発する。
「それで――酒についてはどうなんだ?」
以前にも述べたかと思うが、北国モルファンに住まう民の関心と言えば、その赴くところは「酒」に収束する。冷えた身体を温めるためにも、度数の強い酒は必需品なのであった。そんなモルファンの許にもたらされたのが、このところ意気上がるノンヒュームたちが、何やら新奇な酒を開発しているらしい……という未確認情報であった。
未確認だろうが不確定だろうが、〝新奇な酒〟などと聞いて黙っているような者はモルファンにはいない。この時も、どこからかその情報を――上層部が秘匿していたにも拘わらず――入手した国民たちからの突き上げを喰らって、恐る恐るイラストリアに問い合わせを出す羽目になっている。
その結果、態々ノンヒュームに確認するという労を執ってくれたらしいイラストリア王国から、〝ノンヒュームたちは雪解けまでに新機軸の酒を用意するべく努力する事を約束してくれた〟――という回答を受け取る事になった。それはそれで上々の回答であり、モルファン上層部としても密かに胸を撫で下ろしたのだが、
「しかしだ、その〝新奇な酒〟というのが、強い酒だと決まった訳ではないのだろう?」




