第二百二十八章 モルファン王女留学問題~波紋さまざま~ 6.カールシン卿&カルコ(その2)
カルコが懸念したのは、この夏の冷(菓)戦で、カットフルーツと搗ち割り氷ソース用に、フルーツが消尽された一件である。昨今のノンヒュームの暴れ……活躍ぶりに鑑みれば、他の食品でも同じような騒ぎが再発するのではないかというのは、軽々に笑殺できない可能性であった。
「万一の事態を考えますと、お屋敷での食品の確保と保管には気を遣う必要があるのではないか――と」
「食糧貯蔵庫の拡大でもするか? ……しかしそれだと、下手をするとイラストリアの神経を逆撫でしてしまう懸念があるな」
「ですから、王女様方にはマジックバッグの類を充分にお持ち戴くよう進言しては――と」
「ふむ……今のところはそれが最善手か。解った。君からの意見具申という事で、本国には報告しておこう」
「は……勿体無いお言葉……」
功績も、それに伴う責任も、ともに自分で負うようにという事だろう――と、カルコは正しく理解して、内心で嘆息するのであった。
「まぁ、王女殿下が通われる学園が全寮制という可能性もあるが……その場合でも随行員の居宅は必要になるしな」
場合によっては王女殿下の住まいとは別に、自腹で家を借りる事もあり得るだろう。そう考えるカールシン卿であったが、
「……それに関しまして……このところシアカスターやエルギン、バンクスでは、土地代が暴騰しているそうでして……」
「土地代が暴騰……」
――理由など問うも愚かであろう。ノンヒュームのせいに決まっているではないか。
シアカスターにはノンヒューム経営の砂糖菓子店「コンフィズリー アンバー」が、エルギンにはノンヒューム連絡会議の事務局が、エルギンにはノンヒューム御用達の革細工店があるのだ。就中エルギンでは、そこに駐留するノンヒュームたちが、領主に古酒を献上したというではないか。さぞや古酒目当ての連中が殺到して……と言いかけたカールシン卿をカルコが制して言うには、
「あ、いえ、実は古酒は一般市場には出廻っていないようでして」
「何? そうなのか?」
イラストリア国内では古酒やビールが広く出廻っている……と、薔薇色の景色を夢見ている呑兵衛たちは嘆きそうだが、どちらも一般への流通分は多くない。特に前者は、沈没船からの引き揚げ品というだけあって、その数は著しく制限されている。ただでさえ少ないそれらの古酒は、大半がノンヒューム――と言うか、概ねドワーフたち――の腹中に収まっており、ごく少数がホルベック卿から王家に献上されている。
「う~む……では、我々がそれを味わう機会は……」
「あるとすれば国王からの贈答品か、もしくはパーティなどで出されるくらいかと」
――モルファンの呑み助たちが聞いたら血涙を流しそうな話である。
古酒と並んで評判の高いビールにしても、現状では生産量が需要をまるで満たしていない上に、年中を通して生産されている訳ではないために、慢性的な不足状態にあるという。況して、その不足気味の供給分のうち少なからぬ量が、ドワーフたちへの割り当てに消えているのだそうだ。
「まぁ、自分も現地に足を運んだ訳ではなく、この国の情報筋から訊き込んだだけですが」
「ふむ……」
それは仕方のない事だろう――と、カールシン卿は思う。何しろ聞き及んだ限りでは、ノンヒュームたちはイラストリアの各地で色々とやらかしている。それらの全てについて、カルコ一人で裏を取れというのが無茶なのだ。
イラストリアを不必要に刺激しないために、ここに駐留する「連絡員」はカルコ一人という事にしてある。秘密裡に潜入している間諜はいるのだが、現段階で彼らに目立つ活動を強いるのも下策でしかない。
「それで……先程卿が仰りかけたバンクスの皮革店ですが……」
「ノンヒューム御用達の店だと聞いているが……違うのか?」
「ノンヒュームと専属的に契約しているのは確かなようですが、〝御用達〟というのとは少し違うかと。正確には、ノンヒュームから独占的に、『幻の革』なる稀少素材を卸してもらっている店のようです」
「うむ、それだ。その『幻の革』とは一体?」
カルコの言う「幻の革」とは、ワイバーンの変異種であるクリムゾンバーンから採れる皮革の事で、その加工技術が絶えたために「幻の革」と呼ばれるようになったものである。沈没船からこれを引き揚げたクロウが、その処分を獣人のダイムに丸投げしたため、結果的にノンヒュームの独占素材のようにみられている。まぁ、実際にノンヒュームが所持している分しか現物は無いのだから、世間の評判も間違いだとは言えないのだが。
バンクスにあるパーリブの店が専属取扱店のようになっているのも、面倒を嫌ったノンヒュームが、彼のところにしか卸していないだけである。そして、その大半を王家が一括して買い上げているため、市場に出廻る分は更に少数となっていた。
「ふ~む……そういう事になっていたのか……。モルファンにはそういう細かな情報が入って来なくてな」
元々の数が僅少なため、モルファンにすら現物は流れて来ず、噂話のみが先行する形となっている。カールシン卿がその辺りの事情に暗いのも当然であった。




