第二百二十八章 モルファン王女留学問題~波紋さまざま~ 5.カールシン卿&カルコ(その1)
シャルドの町で同行者たちと別れたカールシン卿主従二人は、イラストリア王国軍第一大隊の一個小隊に護衛されて、首尾好く王都イラストリアへと到着した。国王府に到着の挨拶廻りを済ませた卿が最初に行なったのは、先行してイラストリアで連絡員の任務に就いていたカルコとの会談であった。ここイラストリアで活動するに当たって、カルコからこの国の状況についてレクチャーを受ける必要があったのである。
広く浅く集められたそれらの情報の中で、カールシン卿をしてその耳を欹てさせたものが幾つかあった。その第一は何と言ってもこの夏の冷(菓)戦。シアカスターのカットフルーツ騒ぎに端を発し、王都イラストリアを始めとする幾つかの町にまで波及した、一連の騒動の顛末である。
カルコも逐次報告を寄越してはいたが、何しろ幾つかの町で同時発生的に騒ぎが拡大したため、その全てを網羅しきっていない憾みがあった。今回はその辺りを商業ギルドからもたらされた情報で補った完全版という事で、報告を受けるカールシン卿もつい釣り込まれるほどの迫真性となっていた。
「しかし……この国の商業ギルドが協力してくれたとはな……」
ギルドが態々カルコのために骨折ってくれたように聞こえるが、そんな事は無い。あの件はシアカスター~王都イラストリア一円を巻き込んだために大騒ぎになったが、その本質は、一部の目敏い業者が潜在的需要を発掘したものの、その需要があまりにも大き過ぎて少数の業者では応じきれなかったがための事態であり、商業ギルドとしても無関心ではいられなかったのである。
ゆえに、事態が終熄した後もギルドは調査を続け、その結果をギルド員向けにギルドハウスで公示した。その内容を引き写したものをカルコに提供したのであった。
無論、ギルドとて単なる善意からそのような真似をした訳ではない。
「対価として、特使の方への橋渡しを頼まれておりますので」
「ふむ……こちらにとっても願っても無い話だ。後ほど挨拶に行くとしよう」
北の大国モルファンの王女がイラストリアに留学するとなれば、そこには巨大な商機が生まれる。留学を機に両国が結び付きを強めるというなら尚更である。商業ギルドはそれを見越して、先んじて特使たるカールシン卿との間に誼を通じたいというのが狙いであったようだ。
祖国モルファンにも利のある事と見て、商業ギルドと伝手を結ぶ事にしたカールシン卿であったが、その卿にしても、ノンヒュームの動きとその波及効果には唸らされるばかりであった。
「冷蔵箱とは……それほどの影響を?」
「はい」
カールシン卿が驚かされた第二の事案は、目下イラストリア国内を席捲する勢いで普及しつつある冷蔵箱、それに絡んだあれこれであった。
酒造ギルドが主導して普及を進めている冷蔵箱であるが、当初の目的である〝冷やした飲み物の提供〟だけに留まらず、食品の消費期限の延長、それに伴う食料調達範囲の拡大、生鮮食品市場の拡大、果ては軍の兵站能力の向上……と、国民の生活やら国力やらを根底から変えかねないという事で、輸送網や法規体系までもが見直しと改変を迫られているという。
「その切っ掛けとなったのが、五月祭でノンヒュームが提供したコールドドリンクとやらであったのか……」
「未確認情報……と言うより噂半分・勘半分ですが、冷蔵箱それ自体の開発にも、ノンヒュームの影がちらついているようです」
「うむ……」
どうやらノンヒュームの影響は、モルファン本国が考えているよりも大きいようだ。既にカルコが報告を上げているだろうが、これは自分からも改めて念を押しておいた方が良いだろう。来年の王女一行の随行員選びも、この情報を踏まえた上で考える必要が出てこよう。
「何れも重要な情報であったが……他に何か留意しておくべき事は無いか?」
何しろ王族の留学ともなれば、大国モルファンにとっても重大案件である。万が一にも不具合や不都合、不祥事などが起きないように、充分な下調べと下準備が必要。そして、その大任を押し付……任されたのが自分たちなのであるから、どんな些細な事であっても、忽せにするつもりは卿には無かった。
「そうですね……王女殿下ご一行がどこに住まわれるのかにも関わりますが……」
「その辺りは王家とも折衝せねばなるまいが、恐らくは王都に屋敷を用意してもらえるだろう。で……それがどうした?」
「はぁ……自分の取り越し苦労かもしれませんが……先程も申し上げましたとおり、この夏には王都から一時フルーツが消える騒ぎがありました。他の食品でも同じような事態が再発しないとも……」
「む……」




