第二百二十八章 モルファン王女留学問題~波紋さまざま~ 4.エッジ村&クロウ~丸玉とウッドカメオ 篇~
この動議を聞いた時の一同の感想は、〝何を今更〟というものであった。エルフも作っている丸玉は、これ以上ホルベック領とエルフの関係を喧伝するのは拙いという事で、献上しない事に決まったではないか。
「いや……そりゃそうなんだども……五月祭でとっくに大っぴらになってんべ?」
「あ……」
「そう言やそうだったべ……」
大っぴらになっているどころの話ではない。五月祭ではエルフの女性たちが、自らエッジ村の出店に並ぶ姿が目撃されているのだ。エルフとの関係を喧伝するどころでなく、今やエッジ村こそがアクセサリー技術の最先端――二位はエルフ――を突っ走っていると目されているのが現状である。
そして……この件について沈黙を守っているホルベック卿夫人も、事情は当然耳にしている筈である。
「……お偉方の趣味には合わなかったつぅ可能性は……?」
「無とは言えねっけど……当てにしねぇ方が良さそうだに……」
売り子を務めた者の報告では、それこそ貴賤上下の区別無く、遍く女性たちが買い漁って行ったという。
単に宝石のアクセサリーというだけなら、それは他でも手に入る。しかし――エッジ村産の宝飾品は、そのデザインにおいて他を圧倒的に引き離しているのである。先の事は判らないが、少なくとも現時点においてはエッジ村こそが――当人たちの自覚はさて措き――この国の、いや、下手をすればこの大陸の宝飾デザイン界の頂点に君臨しているのであった。
「……備えはしておくべきでしょう。少なくとも王女様ご一行をお迎えする際には、奥方様とお嬢様は友禅染めの方をご所望です。が、丸玉の方は話に出てこなかったようですから、この時には準備する必要は無い……いや……奥方ではなくご領主様に、何かお渡ししておいた方が良いですかね?」
「ご領主様に……って、何をお渡しすんだべ?」
「ネクタイピン……と言うか、スカーフ留めなんかはどうでしょう? 或いは指輪とか?」
「あぁ……成る程……」
「そんくれぇなら、お渡しできるかもしんねぇなぁ……」
こちらの世界でも、紳士の襟元を飾るスカーフ……と言うか、アスコット・タイのようなものはある。そしてそれを留めるための、ネクタイピンのようなものも。
或る意味で数少ない男性用アクセサリーであるそれなら、ホルベック卿に渡しても問題は無いだろう。……問題があるとすれば別のところで……
「けんど……寝た子を起こすような羽目になんねぇべか?」
ホルベック卿に丸玉のアクセサリーを献上する事で、奥方たちにも注文の免罪符を与える事になるのでは? それこそが、この場にいる全員の懸念であった。
しかし一方で――
「今更だべ? どうせ奥方様も、虎視眈々と機会を狙っておいでに決まってんべよ」
「まぁ、そらぁ……そうだべなぁ……」
「んだな」
――という見解も説得力があった。
「けんど……丸玉の方はクロウさぁに任せきりだで……」
エッジ村もエルフたちも、今のところ丸玉の供給はクロウ頼りである。ゆえにこの件に関しては、村の一存では決められない。全員の目がクロウに向くが、
「まぁ……大丈夫だとは思いますが、丸玉の……より正確に言えば原石の方も、無尽蔵ではありませんし……」
「んだべ、なぁ……」
産地の様子を見た限りでは、まだ当分の間は供給できそうだが、それとていつかは終わりが来る。代わりの入手先を早めに物色するか、もしくは……
「……カラムの実……今年は多めに集めとくべか」
「んだな。埋めてある実もできるだけ回収して……新しく集めた実も、早めに埋めといた方が善かんべな……」
カラムの実は地中に埋めておくと、殻の表層だけが濃い色に変わる。その表面を彫り削ってやれば、下にある無変色層が顔を出すので、濃淡を以て画像を描き出す事ができる。地球世界にあるカメオ細工と同様の、言うなればウッドカメオとでも言うべきものだが、こちらの世界では画期的な手法であった。そして……
「カラムの実なら森で採れるで、クロウさぁに迷惑をかけんで済むだ」
「んだな……」
「いえ、迷惑だなんて、そんな事は無いんですが……こっちも予め数を揃えておいた方が良さそうですね。万一の場合の隠し球……奥の手にも使えそうですし」




