第二百二十七章 てなもんや三国同舟 10.シャルド
モローでとんだ騒ぎに巻き込まれはしたが、その後は然したるトラブルも無く、モルファン特使とその護衛――という体裁の――一行は、無事に目的地であるシャルドに着いた。ここでハンスたちは皆と別れ、ボリスたちも任務を終えて原隊に復帰する事になる。カールシン卿たちの護衛は、既に王都から派遣されて待機している別の小隊に引き継がれる。
短い間とは言え苦難を共にした仲間たちと別れるという事で、一行の胸中にも幾何かの感傷はあったようだが……シャルドには、そんな情動など軽く吹っ飛ばすものが待ち構えていた。そう、噂に高い(笑)シャルドの「封印遺跡」……と言うよりも寧ろ、それを一目見んものと集まって来た観光客の大群である。
「これは……また……」
「想像していた以上の人集りですね……」
「これって何か……特別の行事とかがあったんですか? まさか……普段からこんなだって事は……」
シャルドを初めて訪れる面々が引き攣った表情で確認の問いを発するが、
「いえ、ここは普段からこんなもんです」
「どっちかってぇと少な目ですな。祭りン時ゃこんなもんじゃねぇですし」
――という、ボリスとジャンスの言葉を聞いて硬直する事になった。今の混雑振りが平常運転だとすると、〝祭り〟――新年祭や五月祭の事だろう――の時にはどうなるのか。
……そして、来年の王女一行訪問の時には?
呆然としているハンスたちだが、ただ呆然とするだけでは済まないのがカールシン卿たちである。ここシャルドに王女たちの一行が立ち寄る以上、現場の下見をしておかねばならないのだ。警備体制や道路状況、宿泊施設に食料の手配の如何など、確認しておくべき事は多いのだが……
(これは……抑殿下たちが逗留されるゆとりがあるのか……?)
道路は目下整備中のようだから措くとして、懸念となりそうなのは宿泊施設である。それらしき建物が増築中なのは判るが、明らかにその収容力を上回りそうな人数が、テント暮らしをしているようではないか?
「あ~……実はあのテント群、少し離れた場所で進められている発掘作業員の分が結構ありまして」
以前にパートリッジ卿がクロウに話していたシャルド古代遺跡の再発掘、それが進行中なのである。発掘現場はここから少し離れているのだが、発掘現場と違って給排水の施設が充実しているのと、行商人が訪れるのがここなのとで、テントもこの辺りに設営されているのであった。
ただ、そんな事情を知らないカールシン卿の方は、〝発掘〟の意味するところを誤解したようだ。
「何と! 他の場所でも発掘が進められていると!?」
「あ、いえ……そうだけど、そうじゃなくて……えぇと……遺跡は遺跡でも、ここの『封印遺跡』より古い時代のものなんだそうです」
考古学にも歴史学にも素養の無いボリスの説明は、意を尽くしたとは到底言い難いものであったが、それでもカールシン卿はどうにか真相に辿り着いた。
しかし、その〝真相〟とやらは別の意味で驚くべきものであった。このシャルドという場所は、そんな昔から連綿と栄えてきた場所であったのか? だとしたら、それがどうして歴史の表舞台から消え去ったのか? ……どうやらこのシャルドの地は、未だ多くの謎を秘めているらしい。
滞在中にここシャルドについて、もう少し学習しておいた方がよさそうだ……
――などと高尚な思索を巡らせるカールシン卿であったが、その思索をぶった切るように、ボリス小隊長の即物的な説明が続く。
「……残り半分くらいが、観光客のテントですね。宿屋の増築が間に合っていないのに、観光客の方は委細構わずやって来るんです。バンクスに宿を取って日帰りで訪れる者も多いんですが、最近はそれすら難しくなって、ここでテントを借りて野営する者も多いんですよ」
――と、バンクスを冬の定宿にしているクロウが聞いたら危機感を募らせそうな話を、さらっと口にするボリス。
そして、これはこれで重要な情報だと心に留めるカールシン卿。そして――
「来年、そちらのご一行がお見えになる時に、このテント群をどうするのか……上の方は結構悩んでるって話です」
これもまた聞き捨てにはできない情報であった。
王女の一行がこの地を訪れる時にテント群がどうなっているかは、警備上の問題にも関わってくる重要事項である。しかしボリスの口調では、まだ今のところ確たる方針は固まっていないようだ。イラストリア王国との交渉には、その辺りも踏まえた上で臨む必要があるだろう。
「王女殿下のご一行だが、遺跡の中をご覧になる事は可能でしょうか?」
「……自分では確たる事は申し上げられませんが、安全性が保証できるかどうか怪しいため、内部の閲覧は難しいのではないかと思います。古代遺跡の発掘現場は露天なので、崩落とかの危険は少ないと思いますが……こっちはこっちで作業の進行状況が判りませんので、自分の口からは何とも……」
「そうですか……」
残念そうな口振りのカールシン卿を不憫に思ったのか、
「あ、でも、内部の様子を描いた版画なら売っていますよ。それはもう、自分の目から見ても見事な出来映えで」
「ほほぅ……」
――などと、作者であるクロウが聞いたら〝余計な事を〟と激怒しそうな情報を漏らす。
「バンクスの町では、同じ作者によるバンクスの冬景色を描いた版画も売ってるそうですし。何でしたら探してご覧になっては?」
「……憶えておきましょう。良い情報をありがとうございます」




