第二百二十七章 てなもんや三国同舟 9.迷姫騒ぎ後日譚
首尾好くリスベットを両親の許に送り届ける事ができて、一件落着の運びとなった迷姫騒ぎ――ちなみにこの件で、「迷姫」の名はモロー中に広まる事になった――であったのだが……後日談のようなものが幾つかあった。
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第一は――リスベットの証言を元に、〝通用口〟があったという場所に行ってみたところ、既に閉鎖されていた事である。それだけならまだしも……
「『関係者以外立ち入り禁止』――そう書いてあったってのか?」
冒険者ギルド――モローの賑わいが復活した事で、一旦は閉鎖されたものが復活している――のギルドマスターが問い返したように、そうデカデカと大書した立て札が掲げられていたのである。
「あぁ。どこのどいつの悪巫山戯だって言いたくなるが……」
「嬢ちゃんの話が本当だとすると、そこにあったってぇ入口は、ダンジョンの内部に通じていた筈。ウチの冒険者どもに訊いた限りじゃ、入口にしろ裂け目にしろそんなところにゃ無かったそうだ。てぇ事ぁ……」
「……何らかの理由で一時的に開口していた出入り口。そして、立て札を書いたやつぁそれを知っていたって事。つまり……」
「ダンジョンマスター御自らの警告って事だろうな」
凡そダンジョンというものは――少なくとも普通のダンジョンは――ダンジョン内に入り込んだ獲物を捕食吸収して生きている。つまり、ダンジョン内に獲物を誘致する必要がある訳だ。
なのに、獲物を引き入れるための出入り口を自ら閉鎖し、剰え通行を禁止するとはどういう事か。
「……正規の出入り口じゃねぇ臨時の出入り口だったとすると、獲物を狩るための仕掛けや何かが整ってなかったのかもしれんな」
「で、余計な手間暇を嫌った――と。……筋は通ってそうだが、幾つか気になる事があるな」
「問題の仮入口を既に塞いでいるにも拘わらず、なおも『立ち入り禁止』の高札を掲げた理由だな?」
「あぁ、今後も臨時通路を開口する予定がある……そう考えなくちゃ筋が通らん」
「もう一つ言うなら……次に侵入したら子供でも容赦しない、それが嫌ならこの件を周知徹底させておけ――という警告でもあるだろうな」
――と、例によって例の如く、クロウの意図を見事に微妙に誤解する結果に終わったのであった。
第二は――今回の件で「迷姫」リスベットを要注意人物と認定した冒険者ギルドの要請により、イラストリア王国第一大隊のモンク兵卒に対して、リスベット嬢の似顔絵提供の秘密依頼が出された事である。
「……いいんでしょうか?」
ギルドからの依頼を聞いて不安になったモンクが、通話の魔道具によって上官にお伺いを立てたのだが、
『他国の貴族家の令嬢を手配犯紛いに扱うというのは人聞きが悪いが……冒険者ギルドとしては、そうも言ってられんのだろう。今回は奇跡的に何も起こらなかったが、全部のダンジョンがここのように寛容だとは思えんからな。不祥事が起きる前に、危険人物には目を配っておきたいという訳なんだろう』
外聞は頗る宜しくないが、ご令嬢の身の安全を考えての事だし、表立って反対する訳にはいかないという事で、内々にしておけば問題無いという……身も蓋も無い答が返ってくる。まぁ、さすがに体裁が悪いので、一般に公開するような真似はせず、ギルド職員限定で注意を喚起するだけで済ませるようだが。
ともあれ、一応は上層部からも黙認されたという事で、モンクはこの依頼に応え、予想外の臨時収入を得る事になるのであった。
そして第三は――兎にも角にもこの一件で、リスベットの両親がモルファンの公使との繋がりを得る事になった事である。
折角得たコネなんだから、これを充分に活かそう、活かさせよう――と考えたマナステラ上層部の画策によって、リスベットに対してまでイラストリア留学の話が燻り出す事になるのだが……これについてはまたいつか、話す機会もあるだろう。




