第二百二十七章 てなもんや三国同舟 8.「還らずの迷宮」(その2)
『……抑の問題として――だ、〝ただの子供〟がダンジョン内に忍び込んだりするものなのか?』
子供というのは押し並べて好奇心旺盛なものだが、それでもダンジョンの危険性ぐらいは教えられている筈だろう。……その筈だよな?
『いえ、今回開口した通用口は、何れもダンジョンの出入り口ではないように偽装してありましたから』
『あ……』
『それがあったわね……』
『ただの小洞窟か何かだと思って潜り込んだか……』
『子供って、警戒心ってものが、ありませんからねぇ』
『深く考えたりもせんじゃろうしな』
余計な注意を引かないようにとの偽装が、今回は見事な裏目に出たという事らしい。注意を引かなかった代わりに、警戒の対象にもならなかったようだ。
〝あちらを立てればこちらが立たず〟というやつか――と、クロウも溜め息を禁じ得ない。
『それで……どうしましょうか? 当の子供は現在も、二階層を奥へ奥へと進んでいますが』
『迷ったりはしていないのか?』
モンスターの活動を妨げないようにと、二階層は一階層より広い作りになっている。とは言っても、そこはクロウのダンジョンであるから、分岐や支道の類はそれなり以上に充実している。普通に歩いて行けば迷う筈なのだが……
『全く。着実に奥へと進んでいます』
……迷姫の二つ名を持つリスベットには通用しなかったようだ。
『……仕方ない。適当な場所で眠らせて身柄を確保し、適当な場所へ放り出せ』
『……適当過ぎる対応じゃない? クロウ』
『じゃあどうしろと言うんだ、シャノア? まさか子供の家まで送っていけ――などと言うんじゃあるまいな?』
『う……それは……』
ここ「還らずの迷宮」の入口は冒険者ギルドによって封鎖され、ついでに観光客の視線に晒されているため、偶々出会った冒険者を装って、外に連れ出す事はできない。スケルトンブレーブスの一体に手を引かせて連れ出せば、シュレクの「怨毒の廃坑」との関連性を疑われる。マール少年の時にはホルベック卿の屋敷まで送り届けたが、あれは少年の身許が判っていたからこその対応だ。今回の少女は身許不明なので、自白剤か何かを使って訊き出すところから始めなくてはならない。が――恐らく外では両親が少女の行方不明に気付く頃。余計な時間を掛けて騒ぎを大きくするのは賢明ではない。
薄情なように見えても。クロウの対応こそが正着なのであった。
結局この時は、眠らせたリスベットをアンデッドの一体が運び出し、比較的安全な――運び出すところを目撃されない程度に人目に付かず、なおかつ直ぐに発見される程度に人の目が届くという、絶妙な――場所に横たえて、眠りから醒めかけたタイミングで姿を消すという、綱渡りのようなミッションを完遂してのけたのであった。
『何でダンジョンマスターの俺が、こんな気苦労をしなきゃならんのだ』
『今回はダンジョンと侵入者の双方が、世間一般とは違っておったからのぅ』
・・・・・・・・
――というような経緯が裏であったとは知らないハンスたちであったが、ボリスが少女から聴き取った内容をつらつら惟るに、これはどうも「還らずの迷宮」の事ではないかと気付く。モルファン出身の二人はともかく、ボリスたちもどうやら同じ事に気付いたようだ。彼らにとっても聞き捨てにできない話だろうが、当の「還らずの迷宮」と同じ陣営に属している自分たちにしてみれば、それ以上に看過できない一大事である。
そこで紅一点のマリアが――身嗜みを整えてくるという口実の下に――馬車の中に引き下がって、魔導通信機でクロウに注進に及んだのだが……
『――というような一幕があってな』
「そうだったんですか……」
手短な事情説明を受けたマリアも、悩むべきか呆れるべきかと態度を決めかねていた。まぁ、妥当と言えば妥当な反応ではある。
『それにしても、あの小娘……素直に道を辿りさえすれば、問題無くモローの町に行けた筈だというのに……』
「どういう訳か、こっちに来てましたから」
さすが「迷姫」と言うべきか、モローの町と反対方向へ歩いて行った結果、見事にボリスたち一行に出会したらしい。
「親御さんも多分探している筈だという事で、モローの町へ届ける事になりそうです」
『あぁ、こっちの尻拭いをさせるようですまんが、宜しく頼む』




